B-4

「――降谷くん」

 あまりに自然に呼びかけられて咄嗟に反応できなかった。
 長椅子の正面、テーブルを挟んだ向かいでポケットに手を入れ、余裕すらも感じさせる立ち姿。その瞳はまっすぐと僕を射抜き、仄暗くはあれどこちらを完全に飲むものでもない。

「な、なんです」
「警察庁はノックについて把握しているか。きみだけじゃなく」
「現在精査中で――なぜそれを?」
「つまり情報自体は得ているわけだな。ベルモットは今どこに?」
「……杯戸のホテルです」

 僕の返答に、赤井はわずかに不敵な笑みを浮かべ、上司に向き直り言い放った。

「奴らを叩き潰しましょう」

 どういうことだと上司の求める声に、つらつらと答えていく。警察庁の手が借りれるのならばこれ以上ないチャンスだと。
 組織にいる“ネズミ”の種類。収集されるそれを組織が察知できないわけがないということ。おそらく仕上がりを待つだろうということ。“ネズミ”を狩るのが組織のどの人間かということ。狩られる者の信号が伝播するのを防ぐため、それは同時に行われるであろうということ。

「出方が分かっているならば、もはやその槌をおろしてやるだけです」

 ――何だ、これは。
 見たことのない表情だ。はっきりとした意志を添えているように錯覚させる。
 よく動く口、そのテンポはやや早く、声の調子も少し違う。
 そうやって話の主導権を握ることだって滅多にするような奴じゃなかった。
 己のテリトリーでそうするというのならば分かるが、違うであろうことは容易に窺えたし、それだって精神的に余裕がなければ出来ることじゃない。

 ――あの暗い部屋での彼はどこにいったんだ?

 眉を寄せて見つめる僕に、赤井はちいさく口角をあげ、視線をちらりとだけくれてまた逸らした。その仕草にまた不安を煽られる。違和感ばかりが纏わりつく。
 しかし、使命として重要な会話の最中にあやふやで私情じみた言葉を差し挟むのも憚られて、次々と投げかけられるこちらや組織の状況と対応を伺う問いに投げかけられるまま答えていくしかなく、奇妙な感覚は募っていくばかりだった。


 捜査協力などと、僕一人が勝手に言い出して動いていい話ではない。既に上部へは掛け合っているし、向こうでの諸作業はある程度の形を作って風見に引き継いでいる。そのことを伝え、ブラック氏と僕の上司との間を取り持つことを約束し、後の調整等について軽く打ち合わせを済ませた。
 そうして一段落つき空気が緩みかけたところで、ブラック氏は僕と赤井の名を呼んだ。出来れば一度別室で、まず二人に伝えたい、と。
 それに対してコナン君が頷くと、教えられた空き部屋まで間取りを知る赤井の先導で移動した。
 狭くもない客室だったが、切り出された台詞はやけに響いて感じられた。

「君たちには知らせておかねばなるまい」

 言いざまは重々しい。これから告げられる言葉が決して諸手を挙げて喜べるようなものではないことを示していた。けれどまさか。 

「連絡があったのだ――彼が亡くなったと」
「それは」
「きみに頼まれた彼だ。手を回そうと接触を図ったところ行方がつかめず暫くの間捜索を続けていたんだが、先日、モンタナ州マイルズシティの川べりで遺体が発見された」

 どくどくと脈が強く早くなる。
 何なのだと訝しむポーズは取れど、僕の脳はひとりでに、一直線に答えを探り当て引き寄せた。あまりにも働きのいいそれが今は恨めしい。
 顔を突き合わせたのは今回が初めてのFBI捜査官であるブラック氏が、僕に報せるような事柄、それも赤井と一緒に、個人の死――たった一つしかないじゃないか。

「組織のコードネームで言えば――」

 ブラック氏が微かに躊躇うように一拍空けた間を、さらりとした声が繋いだ。

「スコッチ」

 あいつが――死んだ?

 低く熟成された声が謝罪を寄越してきて、とても信じたくないそれが真実以外何ものでもないと語る。
 もう会えないとは思っていた。覚悟もした。簡単に打ち倒せるような組織ではない。あいつがプログラムを受けたということもそうだし、僕だって“バーボン”を演じる必要がなくなったところで、そこで仕事が終わるわけじゃない。ただ、生きてくれているだけで十分だと。
 それでも、もし。もし満足いくまで働ききってその線路を降りた時。ふと思い出したように連絡を取って、昔話のひとつやふたつ懐かしみながら交わしたりして――万が一状況が許すのならば、あいつも頷いてくれるのならば、また友人として共に時を過ごして、ろくにできなかった趣味なんかを一緒に楽しめる日が来るのではと――頭の片隅、心の奥底に、そんなくだらなくも甘い期待が、確かにあったのだ。

「ほとんど証拠というものは残っていなかったが、恐らく……」
「あの女でしょう」

 赤井の表情は変わらなかった。ショックを受けた様子もなければ僅かな悲しみも後悔も滲ませず、あの絞り出すようにした悲痛な響きは最早残滓もない。まるで規定事項だったとでも言うようだ。
 そうして重ねる。密かに望んでいた眩しく穏やかな未来を握りつぶした人間の名を。
 ベルモットだ、と。


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