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「コナン君、ちょっと来れるかい」 止めようにも触れればずいぶんな力で拒むものだから、慣れているのであろう様子を見せた飼い主を頼る他ない。 リビングの入り口からちょいちょいと手招けば、その場のほとんど全員が怪訝そうな顔をして、特にスターリング捜査官なんかは控えめながらも警戒心を孕んだ厳しい視線を飛ばしてきた。 小走りで近寄ってきたコナン君と廊下に出て、声を潜める。聞かれて困りはしないものの、彼らの連携がどうなっているのかを正確に知るわけじゃないから一応。 どうにも僕じゃだめでね、と言えば、やっぱり、とコナン君は眉根を寄せた。 「彼がどうか?」 少年の背後からひょっこりと割り入ってきたのは“沖矢昴”だ。 「何でもねー……ないよ。“昴さん”はリビングにいて」 「しかし」 「今“降谷さん”に自己紹介したいって言うなら別だけど?」 「……あとで説明してくださいね」 わざわざ廊下まで出てきたわりにはあっさりと身を引いて帰っていった。予想通り“彼”であるらしい。別に降谷として正体を明かされてもすぐにしょっぴいたりはしないんだけれど。それはこの子も分かっているだろう。 あえてそうするということは、少なくともこの子にとってあれは他の人間にあまり見せたい姿ではなく、そしてそれについて“沖矢昴”とも、あの中の誰とも共有していないということだ。 「思ったより早く切れたな……今日あの人をみんなに会わせるのは厳しいかも」 「……あいつ、きみと会った時には既にああだったのかい?」 「ちゃんと知ったのは来葉峠の後だよ。それらしい雰囲気は前から――いや、“初めて”の時は違ったかも……」 「いつ?」 「一年くらい前で……あのさ、聞いていい? あのPDA、どうして安室さんが持ってたの? 誰の持ち物?」 ――それほどまでだったか。 やはり真実手酷く振ってやれば良かったのだ。せめて死さえ知り得ぬほど遠ざかれば、人伝や便りによれば、あるいははじめからよしていれば、ここまでにはならなかったろうに。 僕だって半端に協力しなければ。東都に行かなければ。手出しをしなければ。口車に乗らなければ。あれを渡さなければ。 たらればの話をしたところでどうしようもないとは分かっているけれど、そう考えずにはいられない。 目の前の小さな彼も、あいつから聞いていたのか、可能性には思い至っていたらしい。僕の反応を見て少しの間考え込むと、その確証を得たとでもいうように表情を固くした。 「とにかく行こう」 やや大人びた風に高い声がそう言った時。 階上から扉の開閉音がした。それから足音。二階につながる階段はリビングとキッチンの出入り口の間にあるのでよく聞こえた。コナン君は驚いたように目を見開いてこちらを伺い、僕も同様にして顔を見合わせる。 ぱた、ぱた、と。 等間隔で響くそれと共に姿を見せたのは赤井だ。 妙な挙動もなく平然とした様子で廊下に足を付け、僕たちの方を向きまっすぐとその瞳に捉えた。 先ほどまでのゾッとするような気配は綺麗さっぱりと鳴りを潜めていた。今その佇まいのみを見れば、ライであったあの時と何ら変わらないようにも思われるくらいに。脱がせたジャケットやニット帽までしっかりと身に着けている。 「すまない。あれはあとでちゃんと食べる」 「え……い、いえ……」 「あ、赤井さん、大丈夫なの? その――どうも、よくなさそうって……」 「ああ、もういい。迷惑をかけた。それと、ボウヤ」 「――ボク?」 呼びかけられたコナン君がやけに動揺したが、赤井はしらとした顔で、寝具に汁物を零してしまったことについての謝罪をした。 「それはいいんだけど――」 「話し声がする。“彼”以外に誰かいるのか」 「えっと、ジョディ先生たちを呼んだんだ」 「そうか。もうネタばらしを?」 「う、うん……」 躊躇いもなく近寄ってきたかと思うと、するりとコナン君の頭を撫で、リビング入口のノブを掴む。それから振り返り、固まる僕たちを見て、どうしたんだ、と首を傾げまでする。 それはこちらの台詞だ。しかしそう詰め寄るのになぜか二の足を踏んでしまって、赤井はさっさと扉を開けてしまった。 シュウ、赤井さん、と驚く声が聞こえて、踏み入った赤井に、部下の男が涙ながら抱きつく。 あれだけ追いかけ連れ帰ろうとしていた彼女の方はというと、腰を上げはしたもののその場で立ったまま、複雑そうな顔をしてそのさまを見ているだけ。 赤井は部下の男に軽く笑って、それから彼女にも上司にも謝って、僕らに着席を促した。 そうして、自身と上司と、まだ戸惑ったままのコナン君とで補足しあいながら死の経緯と偽装の生活について語る。 拳銃自殺した楠田陸道、指紋のトリックと死体のすり替え、沖矢昴としての暮らし、狙撃を危惧してスターリング捜査官を引き止めたこと、この“沖矢昴”は彼の個人的な知り合いで変装の得意な協力者であること。 スターリング捜査官は先ほどまでの威勢はどこへやらどうにも萎縮した様子で、“沖矢昴”は彼の言動をじっと観察するようにして黙り込んでいた。 |