07

 黒地にかすれた白字で、一本一本線を描くような動きとともに、DEAD ENDの文字が浮かび上がる。
 思わずHMDをむしり取ってしまった。

「ええ……」

 目の前に広がったのは、見慣れた天井だ。寝っ転がってやっていたんだった。横を向けばなかなかに汚い生活感丸出しの自室が広がっている。こっちが現実こっちが現実。あまりのリアリティある五感と非現実的な展開に頭が混乱してここにすら違和感が湧いてしまっている。

「えええええ…………」

 聞く相手もいないというのに、声が漏れるのを止められない。 

 ほのぼのシミュレーションアンド体感アドベンチャーとみせかけてアクション死にゲー?

 ウソだあそんな話聞いてない、とやや憤りを感じつつパッケージを手に取ると、普通にR-15の表記が小さくはないサイズでなされていた。裏には反社の文字もある。
 こんなものがあった記憶がないが残業終わりに寄った閉店ぎりぎりの電気屋でタイトルだけ見て買ったせいだろうとは大いに思う。というかそのせいだ絶対。
 勧めてきた友人も一言くらい言い添えておいてくれればいいのにと一瞬考えたけれど、元々そういうのが苦手なわけでもなければバンバン人が死ぬアクション映画も一緒に見に行ったりしてたんだった。想定外の戸惑いを他人にぶつけるのはよくない。反省。反省おわり。

 気を取り直してHMDを付け直すと、先程まであったDEAD ENDの文字は消えていた。
 かわりにひとつ、ふわふわと浮かぶものがある。よく見たいと思ったら、自分なのかそれがなのかはわからないが、すっと近付いた。
 人の頭ほどのサイズの水の塊……のようなもの。真球ではなく、まるで無重力のなか弄ばれるみたいに表面が波打ち、不規則に形を変えている。
 そしてその中には、なんとバーボンさんの顔があった。
 というとなんか語弊がある気がする。生首浮いてるとのは違います。体も背景もあって、あるシーンが映し出されている、というのが多分もう少し近い。どこかで見たことのある表情だ。珍しいと感じていたから思い至るまではすぐだった。ついさっき、車に乗り込むくらいのとき。
 なんじゃこりゃーっと玉に触ってみたところ、じわじわと真っ黒にフェードアウトした。


 ぱちりと、瞼を開いたようにして、視界に色が戻る。とはいっても薄暗く、そして、めちゃくちゃにデジャヴを覚える景色。さっきあの玉に映っていた、そして、それよりもう少し前一度、もっとずっと近く、まるで現実のように感じながら見たものだ。

「じっとしてて。シートベルトを握っていてください。……わかりますか? こう」

 覚えのある感触とあたたかさが手を包む。

「くるま」
「……ええ、そうです。よく分かりましたね」

 覚えのある表情をして、バーボンさんは体を捻ってシートに背をつけ、私に触れていた手を離し、ハンドルへと向かわせた。バーボンさんの操作に合わせて、車はぶるりと震えて発進する。その勢いに、体がグッとシートに押し付けられる感覚がした。
 どれもこれも覚えがあるのはさもありなん、ついさっき体験したことばかりであり、恐らくそれと同じもの、リプレイであるからだ。

 つまりさっきのはロード画面であったらしい。
 死んで終わりはいはじめからどうぞと言うほどのおにちく仕様ではないらしいことにホッとした。
 しかしこれ、ここから始まったということは、あの建物から出て車に乗るという流れは進行上必須のもので、ここからの行動によってDEAD ENDになるか否かが決まるということか。まさかの単にセーブポイントの一つがここであっただけでこれ以前に立てておくべきフラグや取っておくアイテムがあったのに回収不可能で詰んでるとかいういじわるちくしょう仕様ではないと信じたい。
 あいかわらず4DXかジェットコースターかといった具合にブンブン振り回されるのも、二回目ともなればちょっと慣れて余裕が出来る。
 軽く視線をうろつかせると、バーボンさんのジャケットのポッケから微妙に飛び出た何かの一部がチカチカと光っていることに気づいた。

「あ、こら」

 手を伸ばして触れてみても、バーボンさんは体を使ってまでは静止しなかった。単にハンドルとレバーの操作で忙しいというのもあるかもしれない。マニュアル車であるのか足元も忙しそうなのだ。さすがに夜の山道を攻めるのには集中して、それなりにリソース割いて処理しなければならないんだろう。
 ものを掴むのもずいぶん上手になった。落とさずにそれを引き抜けた。

「壊さないで、丁寧に扱ってくださいね。大事なものなので」

 グローブボックスを開けたときよりもずいぶん軽い声色だ。そんなに大事なものでもないのかも。
 電源ボタンらしき部分を押すと画面が点灯したけども、パスコードがなければ中身を見ることはできないらしい。

「ばーぼん」
「いじっても面白くないでしょう?」
「ばーぼん」
「戻して」

 コードを教えてはくれないらしい。いや教えてって言ってないから当たり前かも知れないけれど。そんな単語も知らないのだ。言葉が通じないって不便。
 言われた通りポッケに入れ直そうとしたら、ちょっぴり狙いがずれて隙間にゴトンと落ちてしまった。

「……ありがとうございます」

 ため息をつきながらも、戻す気はあったという心持ちは認めてくれた。なんて出来たNPCなんだバーボンさん。

 ほかに使えそうなアイテムは見当たらない。となるとやっぱり、アレになるのだろうか。
 だん、だん、と例の音がしたので、もう間もなくだ。
 バッとグローブボックスを開けて、バーボンさんに静止をかけられる前に、中にあった、銀色の拳銃を手に取った。

「!? なぜ、何を――」

 ばん。
 鳴らしたのは私ではない。また視界が真っ黒になった。


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