08

「シートベルトを外せないって間抜けにもほどがある」

 思わず天を仰いだが、浮かび上がったDEAD ENDの文字は視界の下端に移動しただけで、消える気さらさらありませんってな具合にどう見ても存在している。
 そう、銃を握っていざやってやるぞと後ろへ向けようとしたら、シートベルトで固定された体は思ったように捻れず、外そうにも慌てていて手の操作がうまくいかなかった。銃を握っているのもあってどちらの手をどう動かせばいいのかわからなくなってしまったのだ。
 ようするに持ち物の切替ミス。ゲームあるあるだと思う。そう思いたい。けっして私がアホなだけなわけではないと信じたい。

 意気込んでロード二回目、今度ははじめからシートベルトを外しておこう作戦を行ったところ、バーボンさんに怒られて締め直され、そうこうやってるうちにまたクラッシュエンドを迎えてしまった。
 三回目、右手で銃、左手でバックル、の呪文とともにどうにかこうにか銃を持ちシートベルトは外せたが、それでもDEAD ENDは免れなかった。
 ――銃の撃ち方が分からなかったのである。
 いや普通ゲームの銃に安全装置なんてついていないし、ついていても使うときには勝手に外されるし、よーし撃つぞと思うと勝手に手が動いて弾が出る仕組みになっているのものじゃなかろうか。
 意気揚々と構えたまま静止して、妙だなと気づくまでに一拍、引き金を引かなければいけないのかと思い至って指を差し入れるのに手間取り、それを曲げるまでにまた幾分かかり、ようやく曲げたと思ったらがちりと全く手応えのない硬い感触。これまたあれれと首を傾げたところで、だん、という音に強制終了をかけられてしまった。
 三回目にしてようやく気づいたけれど、どうもあれは背後から撃たれた弾が致命傷になってしまっているらしい。もしかしたらはじめのバーボンさんも気絶したんじゃなくデッド状態だったのかもしれない。
 ネットで軽く銃について調べもう一回トライしてみたものの結果はエラー。あれあれおかしいなと触りたくっている間にまた撃たれてしまった。
 せめてもうすこしあれの扱いに慣れるための時間があればいいのだが、あまり早くに開けてしまうとバーボンさんに咎められ取りあげられてしまう。
 あんな短時間でやることが多すぎるし難しすぎやしないか。もしかしてVRの完全マニュアル銃に慣れてる玄人向けなのか? 私の耳に飛び込んできた初心者向けとは一体何だったんだ。そういう非日常的知識と技術を要する殺伐としたFPSみたいなものが好きな人にとっては、序盤の語学学習ターンはだいぶ退屈に感じる気がするのだが、これ変態向けラインなのか?
 あるいははじめが一番躓く召喚する夜的なゲームなのかもしれない。何にしたってあそこをプレイヤースキルでなんとかしないといけないとなると私ではお手上げだ。
 攻略wikiやプレイ動画くらいあるのではと検索の誘惑に駆られる。でも私はそこらを見てしまうと満足してやらなくなってしまうタイプだ。それでは金がもったいない。
 そこまで考えて、ふと思った。
 別に銃を使わなきゃいけないとは言われてなくない?


「!? こら、何を――!」

 過去数度、バーボンさんのセリフは口調や表情が若干異なれど字面は似通っていた。
 今回も同じノリかと思いきや、その後の行動は新鮮なものだった。当たり前と言えば当たり前である。
 さっきまでよりも遅く動き出したというのもあるが、なによりこれまでと違って私はグローブボックスを開けていない。代わりに、無駄にテクったバックル解除術でシートベルトを外し、全身で運転席へとダイブし、ハンドルをぐっと回したのだ。

「危ないでしょう! 離れて! やめろ、離すんだ!」

 わりとグローブボックス以上にマジギレトーンではあったが私はやめなかった。バーボンさんのNPCお得意STRマックスパワーで引き剥がされるまで渾身の力で張り付いて粘った。
 そうして乱れたライン取りは、バーボンさんが大急ぎで整えたため軽くガードレールを掠る程度で済んだ。
 ――さっきのは、これまでなら突き破っていたものだ。
 直後、きん、と、ガードレールとは別に、何かが車体を掠る音がした。

「――!」

 バーボンさんの運転が激しさを増す。ぎゃ、と単なる創作擬音語だと思っていたスキール音とともに、大きくGがかかるのを感じた。
 シートベルトを外したおかげで固定されなくなった体が今に浮き上がってどこぞへ叩きつけられそうというところで、バーボンさんが肘で抑えてくれた。多分手首から先は忙しいんだろう。それだけでもありがたい。
 押し付けられたバーボンさんの腹にえいっと掴まる。硬い感触。現実にこの見た目の若い男性でこんな剣も弾きそうに立派なシックスパックを持つ暴君は早々いないだろう。いやシックスパックになってるのかはわからないけれども。ちらっと覗こうとしたらまた「こら」と窘められた。今までで一番軽いこらだった。
 もう少し柔らかく作ったほうが良いと思う。妙なところの作り込みがすごい割にこんな常識的なところで甘いんだなこのゲーム。

「……さっきのは……あなた、もしかして」

 ハンドルやレバーを捌くきっぱりしゃきしゃきとした手付きとは裏腹に、迷うような、いまいち自信の持てないような風に、バーボンさんが呟いた。

「ばーぼん、あぶない」
「……そう、そうでしたね。危なかった。わかったんですか?」
「りんご」
「…………」

 そうだよなんてったって三乙しましたからねと頷こうとしたところを、「いえ、まさかね」と締められてしまう。いえほんと、NPCからしてみれば、まあまさかねって感じですよね……。


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