05

 今日も今日とてよしやるかと ログインしたところ、いきなり視界いっぱいにバーボンさんの顔が現れて ものすごくびっくりした。

「――! 目が覚めましたか」

  バーボンさんは随分慌てて調子でそう言った。それから私の手首を掴み、ぐっと体を引っ張り起こす。初めてのことである。
 いつも大体目覚めたら一人で、うろうろとさまよい出してからしばらくすると扉を開けて現れるのだ。何かまた新しいイベントだろうか。

「ばーぼん」
「立ってください、行きますよ」

 いつもは明らかにわかっていないだろうなこいつみたいな顔をしながらも色々と丁寧に説明をするのに、バーボンさんは短くそれだけ言って立ち上がり、私の手をまた引いた。随分余裕がなさそうだ。
 ひとまず言われた通りに引かれるがまま着いていくと、バーボンさんはすたすたと早足で入り口の方へ向かった。私の手を握ったまま、開いた反対の手であのあかずの扉を開けた。そうして躊躇なく外へと足を踏み出す。
 てっきり予算不足で作られていないと思っていたのに 、扉の向こうにはちゃんとどこかの建物の内部であろうことが分かる 景色が広がっていた。白いシンプルな廊下ではあれど、触って立って歩くことができる。ちょっとそれだけで感動してしまう。なるほどお出かけイベントか。

「急いで」

 ウキウキする私は場違いだと言わんばかりに、バーボンさんの声はひどく焦りがにじんでいた。走りだそうにせかせかと動くその足にも。一体どうしたんだろう。
 しばらく進むと、バーボンさんは脇にあった扉の前で足を止めた。ガチャリとノブを回し、私の手を離す。

「少し待っていてください」

 そう言って部屋へ入っていってしまった。
 中もちゃんと作られているようで、ダンボールやファイルを載せた棚が並ぶ倉庫のような景色が広がっているが、覗き込み入ろうとするとすぐにバーボンさんから「そこにいて!」と声が飛んでくる。今は探索不可能なエリアなのか。
 さほど時間をかけず、バーボンさんはボストンバッグを一つ持って戻ってきた。
 用事はそれだったらしい。バッグを肩にかけるとまた私の手を取り、扉を閉じて、先程向かっていた方向へと歩き出した。


 廊下を進むにつれ、だんだんその背が白くぼやけて見えるようになってきた気がする。
 同時になんだか嗅ぎ覚えのある匂いが嗅覚に訴えてくる。……煙?
 バーボンさんはついに走り出した。唐突だったのと、あまりの速度に、足の動きが追いつかず転びかけ引きずられてしまう。
 数歩歩いたところで立ち止まって私を振り返り、ちっと小さく舌打ちをして手を離したかと思うと、バーボンさんは私の肩を抱き、かがんで膝裏を掬い上げた。

「!」

 いわゆるお姫様抱っこの体勢だ。しかし見上げたバーボンさんの顔にはお姫様やまいすうぃーとはにーに向けるような甘さは一切なく、あるのは焦燥と微かな苛立ちのみ、むしろ荷運びと言った方が正しい雰囲気。
 これまではずいぶん加減してくれていたようで、移動速度が一気に上がった。無機質な白い廊下を駆け抜け、途中に現れた廊下全体を塞ぐようなガラスのドアを、私を抱いたまま器用にそばのパネルを操作して開けた。
 そこからまた似たような景色の中を走って、壁にぽつぽつとあるドアには目もくれず、一直線にエントランスらしきところまでたどり着くと、なんとバーボンさんは、そこにあった両開きのガラス戸を、蹴破るようにして足で開けた。結構な勢いだったもんですごい音がして、扉も吹き飛ぶようにぎゅんと動いた。
 その強さもだけれど、よくそんなに足が上がるなあとも感心してしまう。リアルの私では真似したところでひっくり返ってお尻と股関節を痛めるのがオチだろう。
 エントランスを抜けた先には、十数台程度分の、やや狭い駐車場が広がっていた。駐車場の周りにはそれなりに背の高い木々が植わっていて、それより向こうの景色は見えない。こういうのを見ると作り込む手間を省いたのか処理を軽くしたかったのかと下手くそな勘ぐりをしてしまうライトゲーマー。現場の事情は良くわからない。どうなんだろう、意図した演出なんだろうか。
 バーボンさんは足を止めることなく、停まっていた数台のうち、白くてかっこいい車へと近寄り、鍵と扉を開けて、助手席に私を放り込んだ。ざっと姿勢を整えると、シートベルトまでしっかり締めてくれる。すごい、私座位をとれてる。ちょっと感動。立った! じゃなくて座った!

「手や足を出したりしないように」

 そう言うと、バーボンさんはバタンと扉を閉め、回り込んで運転席へと乗り込んできた。バッグを席の後ろへ放ると、テキパキとキーを差し込みエンジンをかける。

「じっとしてて。シートベルトを握っててください。……わかりますか? こう」

 私の手を包むように覆ってベルトを掴ませる、その手はあたたかい。

「くるま」

 はーいと言うつもりがHMD羅針盤でも回してんのかという謎のチョイス。
 バーボンさんは気が抜けたようにやわりと眉を下げ小さく息を吐いた。

「……ええ、そうです。よく分かりましたね」

 ほんの一瞬頬を撫でた褐色の手は、さっと離れてハンドルを握った。



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