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背後でがちゃんと音がした。玄関からも廊下からも物音はしなかったから、その時わざと立てたものなのだろう。 扉の前に佇んでいたのは女だった。服越しにも分かる女性らしくも引き締まった体、一纏めにした長い銀髪と二房の跳ねた前髪、やや短い眉に切れ長の瞳、なにより特徴的なのはその色。 「キュラソー。いらっしゃい」 かけた声に対する返事はなかった。バーボンくん以外、誰も彼もお邪魔しますなんて口にしないのである。そう言うと彼がレアな例にも思えるが、常識的に言えばしないほうがちょっぴり失礼なはずだ。数のマジックってやつだね。 厚い唇が開いたかと思えば、皮肉げに歪められた。 「相変わらず杜撰なセキュリティ」 「それなりではあると思うが」 「一般的な住居としてはマシなほうだけれど」 「充分だ」 「本気で言ってる?」 「認知との兼ね合いだろう。確かに身の上や所有物によっては守りは必要だろうが、妙に厳重にしたのでは、その価値や警戒心を喧伝しているようなものだ」 ふん、と相槌なんだか鼻で笑ったんだか分からないような返事をして、キュラソーちゃんはすたすたと俺隣まで近寄ってきて画面に視線を止めたまま、机に手をついた。 「見せて」 「ああ」 やっていたゲームをとりあえず落とし、先日バーボンくんが持ってきたデータの入ったフォルダを開いて、机を押した勢いで椅子をころころ転がした。そうして空いたPCの前をキュラソーちゃんが陣取り、カラフルな単語帳のようなものを片手にフォルダの中身を次々開いて見ていく。 キュラソーちゃんは、ラムちゃんの右腕的存在である。なんでも見たもの全部覚えるカメラアイだかなんだかの能力を持っているそうで、ラムちゃんは重要なデータや使えそうな情報など彼女の脳にバックアップを取っている――という設定らしい。 能力の真贋はさておき、確かに彼女の記憶力は大したもんで、パスワードの類は多少桁数が多くてもすぐに覚えてしまうし、俺の発言も一字一句違わず覚えていて、適当なことをぬかすとこないだ言ってたことと違うけどなんてドスドス矛盾を突かれてしまう。 更にはちょっと気難しいところがあるようで、馴れ合いのような態度を好まず、本当にラムちゃんの友だちだから相手してやってるだけってな感じで、応対はいつも冷ややかだ。 そのクールな振る舞いもだし、染髪やカラコンといった細部まで徹底的にキャラメイクしてのロールは恐れ入る。 「何か飲んでいくか?」 「いらない。あなたの出すもの、全部甘ったるくて飲めやしない」 素気無くそう言って、キュラソーちゃんは一通りのデータを見終わるとさっと机から手を離し、またすたすたと扉の方へ歩いて行く。 始めのうち何度かは一口二口飲んでくれていたが、それ以降ずっとこうである。どうも甘いものが好きでないか、キャラ的に喜ばしくないらしい。最近はバーボンくん用にお茶やコーヒーも置いているのに。 「…………ラムが何故あなたみたいなのを信用しているのか、理解できないわ」 少しだけ振り向いてそう言い捨てると、今度は音もなく扉を閉めて去っていった。 友だちの友だちだから友だちというわけにはいかないんだよな。現実って厳しい。 それが昨日の話だ。 「きみ、モテるだろう」 「…………はい?」 バーボンくんがきょとんとしてこちらを向く。その瞬間、ロックオンアラートがけたたましく鳴り響き、画面の向こう、バーボンくんが舵を取っていた偵察ヘリは、同乗してバリバリとリペアツールを使っていた俺もろとも爆発四散してしまった。 「あ、すみません」 「いや」 大分長い間乗ってたし、もう充分過ぎるほどキルしまくり妨害しまくっていたので、相当なヘイトが溜まっていたに違いない。先程ヒートシーカーをぶち当ててきた張本人らしい敵方のヘリは心なしか嬉しそうにすり鉢飛行をしていた。味方からは残念がるチャットが届く。 リスポーンを待ち、今度は歩兵として参加することにした。拠点に寄ってくる敵をたったか撃ち殺しながら、バーボンくんは視線を画面に向けたまま、「どうしたんです?」と言った。 「いや、その容姿だし、愛嬌もあるから、女性に好かれるだろうと思って」 「……見た目で言えば、あなたも女性の受けは良さそうですけど」 「それが、嫌われるんだ」 キュラソーちゃんはあんなだし、他にもキャンティちゃんという子もいるんだが、その子にもつっけんどんで冷たい態度を取られるのだ。もやし野郎だとか大事なものがついてないとかなんとか罵られたことさえある。一応言っておくがついてる。キャンティちゃんにはそうじゃないかもしれないが、俺にとっては大事なものが。 キールちゃんも罵倒こそしないものの他人行儀を百歩ほど通り過ぎたような感じだし、表面上まともなやり取りをしてくれるのはベルモットちゃんくらいである。 「モテたいんでしたら、まずお風呂に入って普通の服を着て、外に出たらどうです? 湯と同じくらい日光を浴びるのって大事ですよ」 「別にそういうわけじゃないからいい。必要ない」 「ビタミンDとセロトニン」 「日向ぼっこなら家で事足りる」 「“ひなたぼっこ”」 くすりと笑われてしまった。 これでも窓際で日を浴びることはしている。たまに。 しかし、外に出る用事なんて本当にないし、動かないから汗もかかないし、頻繁に風呂に入るのも面倒くさい。その時間で一匹ボスが狩れる。女の子の塩対応は諦めるしかないな。まずもってそこまで好かれたいわけでもない。仲良くなれればそれに越したことはないが、わざわざ労力をかけて無理して合わせたって続かないのが目に見えている。 まあ、遊び相手はラムちゃんがいる。バーボンくんは明日には出ていくとのことだからもう来ないかもしれないが、それはそれで、元の生活に戻るだけのことだからな。ちょっと寂しくはあるものの、そもそもが期限付きだ、仕方ない。 |