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「板倉卓、四十三歳独身。米花大学工学部出身。一年前まで特殊視覚効果板倉スタジオでコンピューターグラフィックスを担当しており、目を悪くしたのを機にシステム開発へ転向したシステムエンジニア。手がけた作品は一覧のデータを作って、テレビ出演時の映像とその書き起こしも添付していますので、そちらを見てください。仕事についての評価は高いですが、人格には少々難があるようですね。とにかく拘りが強く自信家で、横柄な態度に辟易している人間が多々いるようです。仕事もプライベートも他人に手を出されるのを好まず、締切間際になると姿を晦ますことがあるとか。視力の障害は糖尿病由来のものですね。それによって狭心症の発作が起きているようで、冠動脈拡張剤を服用しています。かかりつけである杯戸の医院や搬送された米花総合病院に履歴が残っていました」

 なんとバーボンくんは三日で調べ上げてきた。
 三日ぶりにやってきたかと思えばそうつらつらと述べ、データが入っているというUSBを渡してきたのである。USBをPCに差し中身を確認してみれば、バーボンくんの言うとおり、綺麗にまとめられたエクセルのファイルやテレビの映像らしき動画ファイル、板倉氏が書いたらしいプログラムのコードなんかが4GB一杯に詰め込んであった。
 自称ではなく探偵業を営んでいると聞いていたけれど、本当だったらしい。

「これくらいあれば大丈夫だろう。早いな」
「もともと公開されている情報が多い人間でしたからね。警戒も薄く管理も甘いので造作もなかったですよ」
「そうか」

 そもそもはラムちゃんが企画している自主制作ソフトを作るのに優秀なプログラマーが欲しいとかでのヘッドハンティングなのだが、ガチの探偵を使ってまで身辺調査をするとは相当な気合の入りっぷりである。
 経歴やどういうものを組んだことがあるかなんてのは確かに参考になるだろうけども、カルテのコピーまで取ってくる必要があるのかはいまいち謎だ。健康面に不安があると開発が滞る可能性が出るからかな。てっきり同人ゲームでも作るのかと思っていたが、個人と言うよりはラムちゃん擁する会社でのプロジェクトなのかもしれない。
 ともかく持病はコントロール出来ているようだし、実績もあってjavaやpythonから機械語までなんでもごされの人のようだから、スキル的にも期待値クリアしているんじゃないだろうか。ラムちゃんの企画が捗りますように。
 成功報酬と経費は、前回現ナマ渡して困惑させてしまった失敗を踏まえ、ネットバンクからの振込をするという方法で済ませた。バーボンくんはバンクのページを映した画面を見ながらも若干戸惑い気味だったので、受け渡し方がどうのというよりも、友人と繋がる人間から金銭を貰うことに慣れがないか、抵抗があるのかなのかもしれない。
 しかしいくら顔見知りや知人だからと言って無償で何でもかんでもやってたらひとり労力を浪費する一方になるし、自分のことが疎かになってしまう。引きこもりの俺でも一応それは良くないことだと分かる。何年か前にたちの悪い初心者に寄生された挙句サポセン扱いされまくった苦い思い出があるのだ。

 用事が終わって帰るかと思いきや、バーボンくんはその場にとどまり、おずおずとした調子で俺を見てきた。

「……あの、キルシュ」
「うん?」
「もしかして、この三日寝ていません?」
「ん……ああ、まあ。やることがあったから」

 ちょうどバーボンくんにラムちゃんからのお遣いを頼んだその日に、いつもやっているゲームのうち2DのMMORPGで大型アップデート発表があったのだ。
 新マップやスキルなんかもあったが、その中の一つに、レベル99でカンストしたキャラの能力値分デフォルトのステータスにいくらか加算した状態でレベル1に戻すという転生システムがあったのである。転生したキャラは新たに実装された上位職に就けるようになるという。それが条件になるクエストやダンジョンも次いで実装されていくというのだからやる他ない。
 メインで使っているキャラはもちろんカンストしていたが製造や露店用に使っているサブや倉庫のキャラはある程度のところで止めてしまっていたので、この三日間それらのレベリングに奔走していたのである。レベル90までは適当にやっていてもすぐに上がるが、それ以降の経験値テーブルがえげつないことに定評があるゲームなもんで、メインで稼いだ金や装備なんかをじゃぶじゃぶ使いつつ複垢で一人パーティ組んでやらないと追いつかなかった。こういう時に友達のいないつらさをしみじみ感じる。

「先日見た時と布も材質も同じ服、その顔と髪、あまり動いた形跡もありません。シャワーも浴びてないんじゃないですか?」
「あー……」
「やるべきことがあるとはいえ、休息もなしに続けていては効率が落ちますよ。お風呂を沸かしますから入ってください。その間に食事を作ります。摂ったら休みましょう」
「だが……」
「どうしても手が離せないというのなら、僕が代わりますよ。軽く説明をしてくれれば大抵のことはこなせます」
「いや、それはいい。そう急に出来るものじゃないし、きみには任せられない。中断するよ」
「……そうですか」

 ただのレベリングといえど、これでも計算と試行錯誤の上に作り出した効率のいい手法を取っているし、細かい調整やプレイヤースキルももちろん、アカウント間の行き来も必要になるのでさすがに人には頼めない。
 バーボンくんはなぜだかどこか拗ねたような顔をしてシャキシャキと動き出した。貸している部屋と造りがあまり変わらないからかさほど探すこともなく見つけた湯沸かし器をオンにすると、キッチンに立って忙しなくと音を立てはじめる。
 少しの間それを眺めた後、狩りに行く時間はなさそうだとゲームは中断して、ラムちゃんにお願いされた作業を行うことにした。
 うん、友だちだからといってお金のことをなあなあにしちゃいかんよな。そういう関係が苦手でやるのが面倒だというラムちゃんの代わりにちょっとばかし移したり替えたりするだけだが、それも仕事くらいに思ってやらないと。

 シャワーを浴びてリビングに戻り、ソファに座ると、前のテーブルにバーボンくんが皿を出した。
 そこに乗っていたのは、パイかと思いきやキッシュ。生地に詰まっているのはフルーツやクリームではなくほうれん草やかぼちゃといった野菜類ばかりだった。
 食指が動かなくて唸っていたら、やや強い語調で、「とにかく一口食べてみてください」との声が飛んできた。自分のものらしい皿を持って、バーボンくんが隣に座ってくる。
 渋々スプーン半分ほど小さく掬って口に含めば、舌にはじんわりと、想像した以上の甘みが広がった。

「……」
「どうですか? もうごちそうさま?」
「…………もうちょっと、食べる」

 にこりと笑って、バーボンくんは、食べ終えたら人気のパティスリーで買ってきたケーキを出す、と言った。
 ……まあ、それなら、一皿くらいいいか。


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