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『傷は癒えたと?』 「そのようだ。もうほとんど」 『殊の外掛かりましたね』 音声チャット向こうのラムちゃんは、相変わらずピッチを変えエフェクトがかけられた声でそう言った。 ラムちゃんは正体不明キャラ設定のため他人に肉声を聞かせないというポリシーがあるらしい。ボイチャでも電話でもそうで、毎度毎度その加工具合が違っていて別人かと思うほどなのだ。本当に凝っている。昨日は野太い力士のような声だったが、今日は少し高めで、“絶対いつかやると思ってましたあー”みたいな感じに仕上がっている。 それだけ幅が広いし、内容はともあれ言葉遣いは丁寧なので、もしかしたらリアルは女性なのではという疑惑もちょっとあったりなかったり。もちろんマナーとして詮索したりなんかはしていない。 『どうですか、あれは』 ラムちゃんの言う“あれ”、話題はバーボンくんについてだった。 設定上バーボンくんはラムちゃんよりクリアランスが低いというか、ラムちゃんの部下的なところがあるらしいからか、ラムちゃんはバーボンくんに対してやや高圧的で扱いが雑だ。単にそれだけ聞けばちょっとどうかとも思うが、バーボンくんもバーボンくんでラムちゃんを上位者として認めているようなのである。当人たちが納得してのことなら他人が口を出すことじゃないよな。 「まあ、難しいところもあるが、問題ない」 『あなたにしては甘い評価ですね、キルシュ』 そりゃあ、借り物の部屋でモデルガン撃って遊んだり、勝手に友だち呼んで騒ぎ修羅場ごっこだか尋問ごっこだかやりはじめる奴らと比べたら、ちょっと情緒不安定で演技派なくらい遥かにマシだろう。 それにバーボンくんは遊びに付き合ってくれるし、料理上手である。いくら美味しい菓子でも、保存や運搬に耐えうるよう作られた市販品では、出来立てのパンケーキやパイには敵わないのだ。さらには美味しいカクテルも作ってくれる。酒に弱いので大抵すぐ酔っ払ってうっかり寝てしまうが、バーボンくんはそんな俺に気分を害した様子もなく一緒に飲んでくれ、毎度片付けまでしてくれている。 まあ単にラムちゃんへの義理だとしても、そうして表面のみであっても友好的な態度を取ってくれるのには好感が持てるし、気が楽でいい。ジンくんとバーボンくんどちらがいいかと聞かれればバーボンくんと即答する。 『気に入りましたか』 「そうだな、出来れば欲しいくらい。……だが、使えるかどうかは分からないからな」 『では一つ、試金石をあげますよ。眼鏡に叶えば好きになさい』 「いいのか?」 『あなたに手足があれば、私としても都合がいい』 なるほどラムちゃんも俺のぼっちっぷりを心配してくれていたようだ。 ラムちゃんがそう言ったところで、画面の中で動きがあった。 「あ、湧いた」 『おや』 「これ狩ったら一旦戻ろう」 『そうですね』 今メインのモニターに映しているのは、いくつかプレイしているうちの一つ、2DのMMORPGだ。素材集めのため、雑魚を掃除しつつ休憩しつつ、定点湧きする某エリアのボスを狩っていたのである。 ラムちゃんはゴリゴリの前衛、俺はソロも出来るように攻撃系の魔術師だ。これに支援職が加わればわざわざ頻繁に休憩を入れなくても狩り続けられるだろうし、HPSPや状態異常回復、補助系ポーションや蘇生や移動系アイテムの消費も抑えられて、その分のウェイトをドロップアイテムに回せるだろうし、死ににくくなる分立ち回りも変わって効率が上がるだろう。 支援不可欠な狩場ではラムちゃんが知り合いを呼んでくれたりもするが、ラムちゃんは俺ほど暇じゃないし、ソロのときはそうもいかない。野良はもうこりごりだし。 いつもの調子で、ラムちゃんにタゲを取ってもらいながら、俺の魔法でハメつつ攻撃してHPを削り、ボスは五分かそこらで倒せた。ボス自体はそこまででもないんだが、ダンジョンに入るのにレベルとアイテムとクエストクリアの条件がいるし、道中の雑魚がえらく固くて厄介なので、競合相手はいないかわり、ここまで連れてこれる人間も少ない。そういう狩場も多いからまた困るんだよな。 ちょうど街に戻って分配を終えたところで、ヘッドホンの向こうでチャイムが響いた。今日はタイミングがいい。たまに戦闘が激しいときなんかエフェクトがひどすぎて聞こえない時があるのだ。 キーボードのそばに置いておいた端末をタップして、どうぞと言いながらロックを解除する。 「噂をすればだな」 『詳細はメールに』 「ああ」 『委託の売上はまた後日』 「ありがとう。じゃあまた」 『ええ』 チャットを終了させ、ヘッドホンを外してすぐ、扉の開閉音がした。椅子を回して振り向くと、すっかりシャキッと立つようになったバーボンくんの姿。 「こんにちは」 ゆるく微笑んで、お邪魔じゃなかったですか、と伺ってくるさまはまるきりいい子だ。ジンくんやライくんとは大違いである。 「お腹すいてます?」 「わりと」 「じゃあ先に食べてしまいましょう」 「頼む」 その手には少し離れたところにあるスーパーのビニール袋があった。もう何処へ行くにも足の心配はいらなそうだ。バーボンくんは慣れた手付きでそれをキッチンのワークトップに置いて、手早く中身を取り出し、勝手知ったるという様で調理器具を用意し、冷蔵庫からもあれこれ取り出す。もはや俺よりよく把握しているかもしれない。 前回俺は何をリクエストしたんだっけか。ここに来て調理をはじめたということは、さほど時間の掛からないものだろうが。 それをぼんやり眺めていると、ぽろん、と可愛らしい音がスピーカーから響いた。メールの通知音だ。そうだった。 「バーボン」 「なんです?」 呼びかけると、バーボンくんがカウンターキッチンから顔を覗かせる。 「任務があると言えば、やってくれるか」 きょとりとした表情は、俺の一言でさっと消えた。 |