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 安室さんが連れてきた子どもは、組織で生まれ育った特殊な子どもで、バーボン≠ェ世話係を命じられて生活をともにしていたらしい。
 なんでも、人の体を介さずに産まれてきたのだとか。それが本当かどうかはわからないが、その体は常にある薬を服用していなければ健常に保てず、不足すれば機能に支障を来し、その生命すらも危ういのだという。
 現に安室さんが連れてきたときには、子どもは己では歩くことも体を起こすこともままならず、意識も朦朧とした状態で、ただぐったりと抱かれている姿は、燈芯短くごく弱く揺れる灯火を思わせた。
 本来であればその懸念が払拭されるほど研究が煮詰まり完成するまで、実験と観察を兼ね組織の施設内で育まれるはずだったのに、うちに転がり込むことになったのには訳がある。オレが把握しているのは、安室さんが知る限り、そしてオレたちに知られても構わない限りで話した内容のみではあるが。

 子どもを作った研究か、あるいは子ども自身かがある人物と属する組織に狙われており、施設は襲撃を受け、それによって研究員たちが死傷し、子どもの体を維持するための薬も燃やされてしまったというのだ。
 現場に着くのが遅れた安室さんには、子どもを連れ、別室にあった数カ月分の薬を持って逃げるのが精一杯だった。その時点では襲撃者が何者かはっきりしておらず、研究に携わっていた人間や、それらと繋がりのある人間たちが関与している可能性もあったために、元々子どもの世話をしていて懐かれており、危険を冒しながらもその身の安全の確保を行ったバーボン≠ェ、襲撃者の炙り出しと処分、研究所の再建再編が終えるまで子どもの世話と警護をせよとの任務を言い渡された。
 しかしそれらは簡単には終わらず、先に薬が底をついてしまった。
 丁度オレたちも組織への調査と対策が練上がり仕掛けようというときで、安室さんの本来の仕事としても、オレたちに接触を図り、助力を申し出ようと思っていたときでもある。子どもの処遇に困り、研究や専門自体は違えど処置が可能かもしれない灰原を頼れないかとの考えもあって、二つの申し出をするためうちにやってきた、と。

 安室さんの見立ても選択も正しかったと言っていいだろう。情報の共有と労力の供出を行ったおかげで双方の計画の確実性は増し、灰原は子どもに暫定の処置を行い、その体に必要な薬がどのようなものかを割り出し、既に不完全ながらも類似の効能を持つものの作成に成功している。息さえ危うく見えた子どもは、意志をもって起き上がり我が身を支えることが可能となるほどまで回復した。
 安室さんの話では、子どもの精神はまだひどく幼く、見た目にも及ばぬ知識しか持たず、不相応な分別しかないのだという。対峙して一言二言交わせば、恐らくそれがほぼ事実に近いだろうことはすぐに分かった。口にするのは文章としては成立しない、ただの単語の羅列に、その選定も適切だとは思えないもの。
 ――しかし、そこに伝えたい意志があること、そのありかは察せられた。
 もう一つ、安室さんが口にした事柄が真実味を帯びて脳裏に蘇る。

 あの子どもは、未来を垣間見るのだ――と。

非科学的で、非現実的な、馬鹿げた話だと、思うだろう

 だが、安室さんはそれを、笑い飛ばすことが出来ないほどに感じているのだ。数ヶ月、監視も兼ねて共にいた、オレですら舌を巻く能力を持つ、優秀な現役の捜査官の言である。オレだって一笑に付すことはできない。
 そもそも非現実的などというのならば、今まさにオレが身を置く状況と、オレ自身がそうだ。赤井さんも同様らしかった。だからこそ、監視カメラや盗聴器を仕掛けて子どもの容態や言動をよく観察し、動きを始めたときにはすぐさまその追跡監視を行った。
 制止や誘導などの干渉をせず、好きにさせようと提案したのは赤井さんだ。

「誤つことはあれど、敵意でもって我々を脅かすことはない」

 出会って間もなく、素性も確かとは言えない子どもに対して、妙にはっきりと言い切った。
 けれど赤井さんが言うのならば、少なくともそれに足る何かがあるに違いない。そして、単純に子どもの自由意志を尊重しようというわけではなく、何らかの利があってのことだろう。
 仔細を明かされずとも、不安を抱くことはない。そうして何度も助けられてきたのだ。その言を、深く追求をせずとも良いとの意識があった。

「――あの子供は、死をよく知っている」





 子どもの行動は、オレたちの作戦≠ェ始まってすぐ後だった。
 先駆けが安室さんだったからだろうか。まるで灰原の事も知っていて選びぬいたかのように、あいつの琴線に触れる単語を口にし、二人で安室さんの向かった場所へと移動した。子どもが言い、灰原が解釈したそれが事実なら、オレたちも向かうべきだし、別所へ手を回す必要がある。オレと同じ事を考えたのだろう、赤井さんは言わずとも視線を交わして頷き、車を走らせた。
 子どもがバーボンとベルモットのもとへ駆けつけたのは、ちょうど已むを得ない≠ニ判断しただろうバーボンがベルモットを撃ち、ベルモットからの反撃によってその手の銃が弾き飛ばされたところだった。

 ――しかし、子供の行動は想像以上だった。
 慌てて蹴り出したオレのボールがガラスを破って子どもの手から、ボールによって出来た穴を潜った赤井さんの弾丸が影にいたもうひとりの男の手から、ほぼ同時に二つの銃を弾き飛ばしたことで、一瞬脳裏を過った最悪の展開は避けられたが。
 子どもは銃の使い方を知っていた。知っていたならば、それがどういう結果を齎すものなのかということも分かっていたのではないか。親を慕う子じみた気持ちが、そうさせたというのか。どうしてあの場面で、そんな真似を。

「……赤井さん、分かってた?」

 さあな、と短い返答。
 動揺しきったオレとは対照的に、赤井さんは引き金を切るときもごく冷静な様子でいて、視線はちらともせずスコープの先に向けられ続けていた。

「だが――これで彼は、生を余儀なくされるだろう。人形に命を吹き込んだ責、あの性格では、負わずに放棄など出来はしまい」

 一体どういう意図でのことか。一応問うてはみたものの、スコープから目を離して体を起こした赤井さんは、それに言葉で答えることはなく、はぐらかすように煙草に火をつけ、煙を吐くのみだった。



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