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何日も何日もずっと同じことを繰り返し、何の成果も得られませんでしたとなれば、心がちょっとくじけてくる。何年も続けられる兵団はすごいよ。 ちょっとストーリーから離れてまた別のイベント探しでもしようと、適当に少し前だろうほかのデータを選んだ。 しかし様子がおかしい。薄暗い空間。見覚えはある。バーボンさんの部屋ではなく、例の邸宅の一室だ。見覚えがあるが、ここがどこなのかに心当たりがない。あそこにいる時はいつも明るい昼間か電気がつけられている状態で、フェードインアウト以外にこんな状況はなかったはずだ。バーボンさんの部屋でもあった夜のパートが、ここでもあったんだろうか。 ぼうっとしてても何も起きないので、ちょっと歩き回ってみるかとベッドから床に足をつけたとき。 「何をするつもりだ?」 静かな声が響いた。元を辿れば、部屋の入口にあの黒い男性が、闇に溶け込むようにして立っていた。正直めちゃくちゃびっくりしたし現実ではヒャッと声が出た。下のリビングで見た時と同じ、黒いニット帽にライダース姿。もしや服のレパートリーがそれしかないんだろうか。プレイ時間がだいぶ経ってから登場するキャラだし、あんまり関わることもなかったからそういうもんなのかもしれない。 男性はまっすぐに私を見ている。先程のは私に向けた言葉で間違いないようだ。 「稀有な能力を有していたとしても、御しきれん精神性しか持たぬのならば持ち腐れだな」 と思ったけれど本当に私に言っているのだろうか。なんだかちょっと自己完結型っぽい言い方というか、何の話をしているのかわからないし、それにどう返して良いのかわからない。そもそも返答を求めているのかどうかもわからない。 男性はポッケに突っ込んでいた両手を引っ張り出し、腰のあたりで掌をこちらに見せるようにした。ちょっぴり外国人のやるヤレヤレポーズっぽい。 「人間には二本しか腕がない。脚も同様。眼球、耳朶は一対ずつ、口と脳はたった一つ。それ以上のことを為したくば、数を増やすしかあるまい」 カチャリと音がして、男性のそばの扉が開き、薄く光が差し込む。ひとりでに動いたかのようだったが、少し視線をおろしてみると、それをなしたのが小さな子どもであることがわかった。 「こなんくん」 コナン君は、扉を閉めるとさっと私に近寄ってきて、私を見上げた。 「ねえ、どうしてボクのことを知ってるの?」 なるほど、少なくともこの地点は、バーボンさんを見送る前ではあるらしい。そしてここはあの空き地に辿り着けたデータの延長線上ではない。 「まえ」 「……会ったことあるってこと?」 やや大人びた調子での問いに頷けば、コナン君は納得いかないような、奇妙なものを見るかのような表情をした。しかしそれも一瞬で、男性を振り返りアイコンタクトのようなものを行うと、再度私に向き直り、随分真剣そうな調子で、改めて口を開いた。 「あのね、あなたは安室さん――バーボンさんのことを、慕ってる?」 「ばーぼん」 「……ええと、バーボンさんのことが……好き?」 「すき=v コナン君がちょっぴり困ったように眉を下げた。なにやら見覚えのあるリアクション。バーボンさんもたまに、いやわりとしょっちゅうやる、こいつ話が通じてねえぞって感じの呆れ顔だ。コナン君が言葉を探してか、えー、とかあー、とか声を上げていると、背後にいた男性が近づいてきて私を見下ろした。 「要するに、君が彼の味方か、敵となることはないかと訊いているんだ。彼に憾みを抱いていないか? 彼を疎ましく思うことはないか、彼を害する意志はないか? 彼に好意を抱いているか。彼の不利を厭うか。彼を守りたいか。彼の力になりたいと思うか。彼に、生きてほしいか。彼を――バーボンを生かしたいか?」 「……ばーぼん、あぶない、だめ。みかた」 当たり前田のクラッカーだよバーボンさんが死んだら話が始まらないというか終わってしまうのだ。私の言葉に、男性は口角を上げた。 「彼の身を案じ、彼を生かしたくば、我々に利を齎すことだ。我々の損害は、彼のそれに繋がる。彼の足元を揺らがせ、彼を破滅へと導くことになるだろう」 男性の言葉を継ぐように、補足を加えるように、コナン君が口を開く。 「ええとね、つまり――あなたはバーボンさんのことを心配しているんだよね? ボクたちも同じだよってこと。だから、もし何か、ボクたちが知らないような事があれば教えてほしいんだ。バーボンさんがあぶないことにならないように、できるかもしれないから」 単純に情報が欲しくてのことかもしれない。試されているのかもしれない。 そもそも、設定されただけのことを、条件が揃ったから、決まりとして言っているのであって、そこに当然打算どころか心などもあるはずはない。ただのプログラムだ。 分かっているけれども、ちょっぴり弱っていたのかもしれない。 世の中、気持ちが伴っておらずとも、響き沁みる言葉があるものなのだなと、どこかしみじみ思いながら、口を開いた。しっかりと伝えるためにウインドウから、と思ったのだが、操作とみなされなかったのか、四角いそれが現れることはなかった。それでも、ちゃんと音になり、入力されればいい。 「たすけて=v 気づけばロード画面に戻っていた。浮かぶ水球のどこにも、先程のシーンらしき薄暗い邸宅や男性の姿は見えない。ひとまずこれまでと同様、ベルモットさんとバーボンさんが対峙する景色の浮かぶそれに触れた。 ――まだ一つ、やっていないことがあるにはある。 そう、銃口を向ける先はもう一つある。でも意味がないと思うのだ。これがダメだったら大人しくWikiを見よう、そうしよう。二人も言っていた。このゲームをプレイしているのは私だけではない。他の人の力を借りれば良いんだな。 ゆっくりそこへ向けると、ベルモットさんもバーボンさんも目を見開いた。これまでにはなかった反応だ。でも意味はないか、あばよ。 「ありがとう」 さよならの言葉を知らないんだった。 「いきて」 ドン、とブラックアウト。 |