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「え」

 もう一回出た。ついでに小さく間抜けに伸びて続いた。
 黒地に白のBAD END=A死ななくてもそうなるというのはお留守番の際に知ったけれども、一体何が原因だったのかわからない。死因さえどうにかすればいい分いっそ死んだ方がよかった。
 ロード対象として例の水球に浮かんだのはおめかしをしたバーボンさんとベルモットさん、背景や表情的に、あの釘刺しを受けた小さな部屋のシーンだ。触れてみればまさにビンゴ、現れたバーボンさんは、「いいですか」と聞き覚えのあるセリフを言い始めた。

「何も喋っちゃいけません。出来るだけ僕とも。誰かに話しかけられたら、黙って僕の後ろに隠れること。ベルモットは別行動です。これから行くところにはとてもたくさん人がいますからね、その中から小さなあなたを見つけるのは難しい。そうなるとひとりぼっちになってしまいますよ。迷子にならないよう、僕のそばを離れないで」

 私が頷かないでいると、「わかりましたか?」と追撃が来る。うーん、うん。曖昧になってしまった首の動きに、バーボンさんは一層不安げな顔をした。

「……行きたくないですか?」

 どうやれば攻略が進むか考えていたら反応が疎かになっただけです。いやむしろこれ自体行かないほうがいいんだろうか。どうなんだろう。考え込んで足を止め、その背を追わずにいたら、バーボンさんは振り返って私の手を引いた。

「……少しの間だけです、我慢してくださいね」

 セリフは一緒だったけれどもタイミングが早い。どうやら私の煮え切らない消極的な態度に配慮してくれたらしい、バーボンさんは挨拶や世間話をして練り歩きつつも一度目よりちょっぴりよく私の様子を伺う仕草をする。
 例の男性は今回も「どうぞ」とグラスを差し出してきた。しかし構えてはいたので驚かなかったし、どっちにしろバーボンさんに止められてしまうだろうことが分かっているので受け取りそうになることもなかった。
 男性とバーボンさんのやり取りは私の一言がなくとも同じものが繰り返され、バーボンさんは同じようにグラスの中身を飲みほした。どうやらそこはプレイヤーの行動は関係なくひとまとまりに流れが決まったイベントらしい。
 料理の卓でバーボンさんが取ったメニューは若干異なり、会場を出るのは一度目よりほんの少し早かった。それからまたバーボンさんはスマホを見て私にあの駐車場へ行くようへと言った。

「僕は行けない。……後でまた必ず帰ってきますから。なるべく急いで。早く」

 何がどう関係しているのかそもそも何が起きているのかさっぱりわからないまま、前回同様、車内で黒い人達に囲まれ、ベルモットさんにバーボンさんは来ませんコールをされてBAD ENDになってしまった。


「……行きたくないですか?」
「かえる」
「すみません、これだけはどうしてもやらなきゃいけない」
「だめ」
「少しだけですから、我慢して」

 留守のときよろしく引っ張ってみたが、今度はこれだけではだめらしい。バーボンさんは若干気遣い度は上げつつも、相変わらず私の手を引いて連れ回した。

 私が手を加えられる部分はどこなのか。
 談笑の最中に手を引っ張ってみてもこれまた神という名のプログラムによる思し召しとしか思えない力で縫い付けられて動けず、そんな力を発揮しているにもかかわらずバーボンさんは涼しげにしてその手も微動だにしていなかったし、適当な単語を口に出してみても、驚いた話し相手に動じることなく軽やかにフォローをしてむしろ場を盛り上げてみせ、会場の設備や他人に手を伸ばそうものなら皮一つでも触れる前に制止されてしまう。しかも荒々しさはまったくなく優雅な所作で。
 私のアクションはたった一瞬の波しか起こせず、まわりのモブさんたちもバーボンさんもさほど影響を感じさせずに、記憶とはちょっと違えど変わらない流れを保っている。このシーンではプレイヤーはなんにもすることがないのかもしれない。

 そんな感じで無といってもいいんじゃないかというほど反応が薄かったもので、ついつい行動はついついエスカレートした。

「どうぞ」
「ご容赦ください――」

 エイッと。ほんの出来心だったんです。
 軽い気持ちで振りかぶってみたら見事にグラスを払い除けプロージットとばかりに床に叩きつける結果になってしまった。ほんの少しを口に含んだところだったのでほとんど残っていった中身が盛大に散らばり、高そうな絨毯に滲んでいく。

「だめ」

 悪いことしてごめんなさいのつもりが。もっと近い言葉はなんだろうとウインドウ内を漁っている間に、手を引かれて会場から連れ出されてしまった。


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