18

 ガラス戸を抜けると、地下駐車場らしき空間に繋がっていた。白線や柱で設けられた区切りのスペースにそれぞれ高そうな車がずらりと並んでいて、見る限りかなりの広さがありそうだ。リアルで行くような駐車場よりも綺麗に仕上げられていて、壁や天井にパイプがむき出しで走っていたりほぼ裸同然の蛍光灯が吊られているということもない。ポリゴン数食うからかな。
 ポルシェとか言ってたか。平べったいのを探せば良いのだろうか。

「こっちだ」

 うろうろ歩いているさなか、低い声が響いた。
 柱の影から現れたのは、黒い帽子を被って、黒いスーツと靴を履き、サングラスをかけたいかつい男性だ。服装だけならちょっぴりナントカせぇるすまんっぽさを感じる見た目だけれども、だいぶブラックさが全面に押し出されてセールスすら受けたくない強面とガタイである。これがゲームでなければビビって目も合わせられないところ。

「うぉっか」
「そうだ。バーボンから話は聞いてるな?」
「ばーぼん」
「行くぞ。もうお前はここに用はねえ」
「いく」

 わたしが頷けば、ウォッカさんはざっと踵を返して来た道を戻り始めた。大股には見えないのに一歩一歩の幅が私と遥かに違い、バーボンさんを難なく後追い出来ていたのは、彼がこちらに合わせて手加減をしていたからなのだなとしみじみ分かる回。ウォッカさんたぶん放っておくとノンストップでずんずん突き進んで姿を消し居場所探しでイベントの進行が滞るタイプなのじゃなかろーか。そうなってはたまらないと必死に駆け足でついていった。
 ウォッカさんが目指していたらしい駐車スペースに停まっていたのは、想像していたよりも一回りふた回りほど小さな、クラシカルでまるっこい黒の車だ。
 ドアの開閉をし背を押し、私を後部座席へ乗せると、ウォッカさんは運転席へ回った。乗り込んでシートベルトを締めて、「アニキ」と声を上げる。

「連れてきやしたぜ」
「……遅かったな」

 ウォッカさんか顔を向けた方、助手席には先客がいた。ウォッカさんと似たような黒い帽子とコート、その合間からはみ出しているのは長い銀の髪。それだけ見ると女性かとも思えるが、もっと大きい車を買ったほうがいいんじゃないかという総大柄な体に、なによりウォッカさんへ答えた、低くドスの効いた声はどこからどう聞いても男以外考えられない、喉に仏さまが居なければ出し得ないだろうものだ。

「大人しく追従する程度の知能はあったか。ガキ以下の赤ん坊にしては上出来だ」
「そこは評価するんで?」
「私怨で目を曇らせる愚か者じゃねえよ……」
「あ、いえ、そういうわけじゃねえんですが、そのー」
「いいから早く出せ」

 もごもごとしていたウォッカさんは、銀髪の人のすぱりとした一言に「はい」と「へえ」の間くらいのアワっとした返事をし、前を向いてエンジンをかけた。ウォッカさんより偉い人なのだろうか。言葉通りとるなら兄貴分?

「うぉっか」
「……ん?」

 建物の敷地から道路へ左折をしながら、ウォッカさんはミラー越しに私をちらりと見た。サングラスで眼球の動きは見えなかったけれども、首をほんの少し上げる動作やその気配からなんとなく察せられた。

「よろしく」
「なんだ、お行儀いいな。でもそりゃアニキに言っとけよ」
「よろしく」
「……」

 そのアニキさんの名前を聞きたかったんだけども聞く術がない。自己紹介してくれないだろうかというちょっぴり期待は、振り向きもしなければこちらを伺おうという素振りさえないその態度で華麗に裏切られてしまった。日がとっぷり暮れた薄暗さと服装と、黒だらけの色の中、窓から入ってきた街灯の明かりに、長い銀髪がキラッと光るくらいである。
 名前があんまり重要ではないか、逆に重要なので今は教えられないキャラなのかもしれない。その髪エルフだったりする? 我ながら安直な発想。そもそもわりと現代か少し前ほどの現実よりな舞台なのでそんなファンタジーな種族が存在している確率は低そうだ。でもこのゲームならなくもないかもしれないとかも思うところもあったり。

 街中をすいすい進み、車が都市高らしき高架道路を走り始めたところで、フェアリーアニキさんはおもむろに携帯を取り出して「ああ」とか「そうか」とか短く思わせぶりな通話をして切り、再び懐に仕舞った。それからまあ多分十中八九どころか十中十で、ウォッカさんに、「おい」と声をかけた。

「当たりだったらしい」
「へえ、つまり、こないだのも」
「そうだ。始末はキャンティ達に回して、俺たちはあのお方≠お連れする」
「結局そうなるんですかい」

 アニキさんの手元がぽっと小さく明るくなったと思ったら、ふわりと白い煙が漂って、噎せそうになる独特の香りが広がった。アニキさんは喫煙者らしい。しかも火種はマッチ、こだわりを感じる。

「まだ余地はあるだろうが……ネズミ共の動きも妙だ。他にも嗅ぎ回ってる野郎どもがいやがるようだしな。俺たちも慎重居士といかねえと」

 一体何の話なんだか、聞いていけばわかるだろうかと思ったが、直後に視界がじわりじわりと黒くフェードアウトした。それ以上は見せられないよってことか。というか作られていないんだろう。
 ロードらしき間の後にフェードインした景色は、変わらず車内だった。時間はそれほど経っていないのか、窓の外はまだ暗いままだ。むしろ高架を降りどこぞに停まったらしく、街灯が減った分暗くなっている。そして、後部座席の私の隣には、いつの間にかベルモットさんが座っていた。

「べるもっと」
「あら、目が覚めたのね」

 運転席はウォッカさん、助手席はアニキさん。それは変わらない。しかし見慣れない顔ばかりで何のゲームをやっていたんだか忘れそうだ。いや今でもこれが何のゲームなんだかよく分かってないんだけれどもそれは置いておいて。言葉の綾。

「ばーぼん」

 同じ会場にいたはずのベルモットさんがいるのだから、バーボンさんも戻ってきているんじゃないかと思ったんだけれど、その姿は見えない。別々に帰ってきたのか。そりゃ美人二人で連れ立って出ていったらあらぬ噂が広がっちゃうか。美人にしかわからない悩みは多そうだ。帰ってくるのはまだまだ後なんだろうか、そんな素朴で純粋な疑問、だったのだが。

「ばーぼん、いえ、かえる」

 私の言葉に、ベルモットさんが眉を下げた。

「あのね、バーボンはもう戻ってこないわ」 

 フェードアウト。

「え」

 という声は、現実の私のものだった。



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