X-02

「それで……事件当時の状況を、教えていただけませんか」
「タバコを吸っていた」
「どこで?」
「喫煙所で」
「……どこの?」
「杯戸シティホテルの」
「…………なぜですか?」
「たまたま用があった」
「…………用というのは?」
「それは言えない」

 おい。
 この人のAIはポンコツなのか? それともぼくのアタマがポンコツなのか? 定かではないが、これではちっとも話が進まない。

「あの、細かく言っていただかないと、ぼくも事件の把握ができないというか、あなたの弁護ができないんですけれど……」
「大概のことは、”安室透”君が知らせているだろう。おおかた、その紙で」

 諸星さんはそう言って、ぼくの手元のコピー用紙に視線をやる。
 そのとおりだ。ぐう。

「しかし、これは客観的な情報に過ぎません」
「殺人現場の状況説明に主観的な情報が要るのか?」
「うーん……」
「なるほどくん、そこは要るって言おうよ!」

 斜め後ろに立って大人しくしていた真宵ちゃんが、こらえ切れないというように声をあげた。
 諸星さんが彼女の方を見やると、真宵ちゃんは少し肩をはね上げて、「ひゃ!」と小さく悲鳴を漏らす。それも聞こえてると思うけど。

「……彼女は?」
「ええと、ぼくの助手みたいなものです」
「綾里真宵です!」
「ホー、奇妙な格好をしているが、趣味か?」
「仕事着です!」

 初夏も訪れようというこの時期にニット帽をかぶっている、あなたも充分ヘンなカッコウですよ、という言葉は飲み込んで、ひとまず真宵ちゃんが切り開いた話題に乗っかってみることにする。

「あの、諸星さんは、お仕事は何を?」
「書いてなかったのか」
「ハイ」
「そうだな……特には、なにも」
「無職、ということでしょうか」
「いや、フリーランス……のようなものだ。今はあまりしていないが……たまに、ギター……のようなものを使う……風なことを」

 真っ黒な見た目から一転、えらく薄ぼんやりとしたコメントである。
 つまりは、アーティスト志望のフリーターということだろうか。
 恥ずかしがらなくてもいいのに。ぼくだって弁護よりトイレ掃除をしている時間のほうが長い。

「そうなんですか」
「ああ」
「その日は、お休みで?」
「仕事……のようなものの帰りだった」
「ホテルであったんですか」
「現場は別の場所だが」
「別?」
「まあ、ホテルにいた」
「そ、そうですか……いつからいつまでいたか、時間は覚えていますか?」
「覚えていない」
「大体の時間も?」
「あまりそういうのを気にしていないから」

 社会人としてダメだろう、それは。
 吸った本数も覚えていないらしい。資料では、彼が持っていたタバコの残り本数は2本だ。新しく開封して吸っていた場合、8本分、それなりの時間いたことになる。

「被害者の彼に見覚えは?」
「ないな」
「あなたのアパートの住人だったらしいですが」
「そうなのか」
「しないんですか、アイサツとか」
「しないな。ほとんど会わない」

 そんなもんだろうか。ぼくはよく、朝や夕方にすれ違ってアイサツしたり、世間話をしたりするが。
 でもまあ、嘘ではないだろう。この人がニコヤカにご近所さんとアイサツを交わす姿を想像するのには、とても苦労する。そして、まだ笑顔らしい笑顔を見たことがないが、たぶん向けられたらぼくならそそくさと逃げるな。


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