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「ねえ、なるほどくん。ぜったいこのヒト、やっちゃってるよ!」 うーん、ぼくもそう思う。 なんて、ひそひそ声で喋ってるつもりがバッチリ聞こえている真宵ちゃんのようには、口に出すことができなかった。 発端はつい数時間前に遡る。 あいもかわらず閑古鳥の事務所で、真宵ちゃんと一緒に、良さは未だにピンとこないものの、録り溜めたトノサマンを眺めていたときのことだ。 控えめなノック音ののち、スーツ姿の金髪の青年がドアの向こうから顔を見せた。 大慌てでビデオを止め、真宵ちゃんにお茶をだしてもらって、来客時用のソファに、机を挟み向かい合わせて座った。 茶を断りながら、青年はおもむろに語りだした。 「ある男の弁護をしていただきたいんです」 「代理の方ですか。そのヒトはどうされたんですか?」 「殺人です」 「えっ」 「殺人の容疑で逮捕されてしまったんです」 「あ、容疑、ですね……」 「ホントのところは分からないですけどね」 「ええっ」 「この件では、おそらく無実だとは思いますよ」 「なんだか含みのある表現のような……そのヒトとはどういうご関係なんですか?」 「……友人、ですかね。たぶん」 「たぶん……」 「まあ、僕の知り合いの弁護士に頼むわけにはいかなかったので、ここに来たんですけれど」 「はあ……」 それは、ぼくなら経歴にキズがつくということもないだろう、という意味なのか? その通りだけど。 あっけにとられるぼくを置いてけぼりにして、青年は足早に経緯の説明を行い、さっさと話を締めに入る。 「暇そうですし、受けてくださいますよね?」 「えっと、まあ。ヒマなのは、事実ですけど」 「とにかく、国選よりマシな程度の働きをしてくれればいいので。出来次第では成功報酬は弾みますよ」 お願いします、と、全然オネガイしているようには思えない態度で、青年は厚い茶封筒と薄いA4コピー紙の束を机に放ると、ぼくに名刺を出すように言い、それを受け取って事務所から出ていってしまう。 嵐のほうがまだ長居するぞ、というほど短い滞在時間だ。 「イケメンだったね、今の人!」と興奮する真宵ちゃんの入れてくれた茶にも結局一口も手をつけていない。ぬるくなったそれを、彼女は気にした様子もなく、自分で飲み干していた。 青年の置いていったものは、依頼料と称した50万に、今回の事件の経緯と捜査の概要、それから青年の携帯番号と、おそらく逮捕されたのであろう男がいる留置所の住所だった。 そして、留置所のガラス越しに対面した男は、そう言われればいかにも、という風貌だった。 鋭い眼差し、濃いクマ、男にしてはずいぶん長い黒髪。パイプ椅子に腕組みをして座る姿は、誤認逮捕された人間によくある萎縮や不安、焦燥なんかが一切感じられない。 明らかにカタギでない、ポジティブに言ってぎりぎりロックンローラーといった感じだ。 わあ、と漏れてしまった声が聞こえなかったことを祈る他ない。 「えっと……諸星大さんですか」 「そうだが。君は?」 「ご友人に弁護を頼まれました、弁護士の成歩堂龍一です」 「……友人?」 「えっと」 眉をひそめる男の様子に、あわてて青年の置いていったA4用紙を取り出す。 「”安室透”さんです」 「安室……? ……ああ、そうか。……そうか、彼は友人だったのか……」 なんだと思ってたんだ。やはり自然災害の類か。 |