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まるで火消しするかのように、志保が関わった施設が次々と何らかの形で潰されていった。実際には火消しどころかほぼ炎上してるけれども。 プロジェクトが頓挫したとか買収されたとか建物の老朽化で解体後そのままだとか、他の手を使われているらしいところもあった。 調べた限りでは志保らしい死体も見つからず、おそらく場所を移されたか逃げ出したかではないか、という話だ。 勘付かれたのかと思ったがそれにしてはタイミングが不自然で性急、仕業もなんだか杜撰だし、こちらが把握していなかった施設まで手が及んでいる。わけがわからないよ。 一体そこまでするほどの何を作っていたのか。鎮死剤かなんかか、彼女のうなじにはドラシルでも住んでるのか。 それにしてもあの組織、味方にしたら不安なのに敵に回すと厄介な、どこかの掲示板の住人じみたところがあってちょっとめんどくさい。 そんなこんなで一時通夜状態になっていた捜査会議に舞い込んできたのは、クリス・ヴィンヤードの来日という情報だった。 なんでも、組織の研究部門に出資していたという例の自動車会社の社長が近々どっかの監督を偲ぶ会に参加する予定なのだが、その参加者に彼女の名が載っていたそうだ。 アメリカの女優も来るなんて、酒巻監督とやらは某タケシや何澤アキラみたいな存在だったんだろうか。シャロンのときといい、関係性の自然不自然も判断つかないのだから、そういう系統の知識ももうちょっとつけるべきかもしれない。 志保の捜索と同時にクリスの調査も行うために、追加で数人の捜査官がやってきて、拠点の移動も行った。 本国で向こうの捜査の指揮をしながらも、予算や人員の確保に勤しんでいるらしい、ジェイムズはなかなかにいい上司である。 ――来日したクリス・ヴィンヤードは、しばらく普通に日本の観光をしてみせたかと思うと、なぜかお忍びで“新出医院”に足繁く通い始めた。 新出医院は特に芸能人御用達というやつでもないし、突出した最先端の技術や設備、特殊な専門科などがあるわけでもない、近頃院長が亡くなったが、それまで父子で分担して診察をしていたという、普通に評判のいいただの町医者みたいなものだ。 試しに軽く変装して近衛十夜の名で幻聴幻覚がひどいんです、なんて受診してみたら、息子の新出智明は思った以上に親身に話を聞いた上で安定剤を出し、更には良い精神科医を紹介してくれ、専門ではないが自分もこちらにいる間はカウンセリングできるから、と安心させるようやたら柔らかく笑いかけてきた。ちょっとグラッときた。いやまあそれはいいとして。 そこには優しく穏やかなイケメンの医者と、そんな彼を信頼してやってくる患者がいるだけ。……イケメン目当てに通ってるとか? んなわけないよな。 「どういうつもりなの……」 拠点の一室でソファに腰掛け、経過報告を読みながら憎々しげにジョディが唸る。 俺にも見当がつかない、と言いたいところだが、NYのアレを見る限り男にもなれるようだしなあ、彼女。しかもさくさく始末してたから殺してでもうばいとる精神は標準装備だろう。 「おそらく新出智明に成り済ますつもりだ」 「……彼を消して?」 「まあ、そのうち青森に行くとは言っても、操縦できないのでは邪魔にしかならないし、そうだろうな」 「なんて女――」 うーん怖い。女性は怖い。”彼女”もだが、今は目の前の彼女が一等。せっかくの美人が台無しだ。 前から思ってたがジョディはちょっとキレやすいというか、時々荒っぽくなるところがある。事情を鑑みれば仕方ないし、情緒豊かだからこそだろうけれど、いつもそれにどう対応するべきか悩む。 「……しかし、男であるのはまあ、まさか彼女であるとは思わせないためだろうにしても、なぜ新出智明なんだろうな」 「そう。そこだわ。彼女はどうして彼に目をつけたのかしら……立場として得たいのが医者であるなら別に彼に限る必要はないわよね」 「しかも彼はまだ二十五歳と若く、医者になったばかりの、謂わばポッと出だ。むしろもっと経歴の長い者のほうがそのステイタスを最大限使えて、金もコネもあるから工作はやりやすいと思うんだが」 「医者としての知識や振る舞いに不安があるから? いえ、それならますます別の人物にしてもいいわけよね、彼は優秀だそうだし……新出智明が組織の関係者であるという可能性は?」 「彼女は幹部だ。もしそうならば、そもそも通わなくてもちょっと”出て行って”貰えば済む話だ。生死はともかく」 「では、彼女はどちらかといえば彼特有の家庭環境や人間関係を利用したい?」 「かもしれない」 「彼、一般家庭からしたら多少裕福ではあるけど、その家柄も、経歴も性格も特筆すべきような点はさしてなかった気がするわ」 「あるとするなら、最近亡くなったという父親くらいか。患者の話では感電死ということだったが、真偽は定かじゃないな」 「感電死? ……もう少し詳しく調べてみましょう。新出家について」 調べついでにものは試しだ、新出智明に密かに接触を試みて、ただの善良な一般市民であるならば保護してみるというのはどうだろう、と提案してみたら、二つ返事で採用されて早速ジョディが仲間に電話を掛け始めた。 色々落ち着いたら彼にカウンセリングしてもらうのもいいかもしれないなあ、なんて思いながら、俺もジェイムズへ連絡を取るため、携帯を取り出した。電話でも大丈夫そうだ、今日は幸い、さざなみ程度である。 |