K-4

 連絡した場所には以前見たものと違う車が停まっていて、変装を解かぬままドアを開けたら、目と鼻の先に銃口を突きつけられた。

「What are you?」
「わー待った待った!」
「Just answer the question, or I'll shoot you.」

 ぞっとするほど鋭い瞳でそう言われ、慌ててマスクを取り去って降参のポーズをとれば、男はとたん拍子抜けしたように表情を和らげた。

「……黒羽くんか」

 かちゃりとセーフティがかけられたそれに胸を撫で下ろして、反対側へ周り助手席に飛び乗る。男はドアを閉めて銃をグローブボックスに仕舞うと、さっさとギアを入れ替えてアクセルを踏んだ。

「っぶねー、殺す気かよ!」
「悪い、殺す気だった」
「……」
「冗談だ」

 全然冗談には聞こえねーんだけど。

「知らない顔の男がこっちのドアを開けてくるものだから」
「こないだまで日本車だったじゃねーか……レンタル?」
「俺のだ。持ってきた」
「アメリカから?」
「ああ」
「へえ、日本に移り住むとか?」
「そういうわけじゃないが、滞在が長引きそうでね」
「もしかしてクビ?」
「まだ皮は繋がってる」
「そりゃ残念」
「おい」
「うそうそ。じゃあ今度ご飯でもいきましょーよ」
「俺の金で?」
「そう、近衛さんの金で。美味しいとこ調べときますから」

 まあ、いいだろう、と近衛さんが微かに笑う。それだけでも、初めて会った時より随分と柔らかな人間らしかった。

「驚かなかったですね」
「知り合いに君みたいな変装の名人がいるんだ」
「まじかよ。にしてもなんで英語……」
「……英語? ……電話していたからかな。――それより、取ってこれたのか」
「もちろん」

 今日の戦利品であるビッグジュエルを掲げれば、近衛さんは横目でちらりと見て、聞いてきたわりには興味なさげにほう、と言った。

「”目当て”のモノか?」
「んにゃ、ハズレ」

 二億はくだらないというそれを、ぱす、ぱす、と掌の上で軽く投げて弄ぶ。また返さねーといけない。簡単に見つかるとは思っていないが、道のりが長くてため息が出そうだ。

「よく頑張るな」

 労うような言葉がちょっとくすぐったい。

 ――不老不死になる涙を流すという命の石、パンドラ。そんなおとぎ話みたいな代物を捜しているというオレの言葉を、近衛さんは非科学的だと笑い飛ばしたりはせず、むしろすんなりと信じた。
 「この世界には魔女がいるから」と漏らした彼の台詞に、思わず紅子を知っているのかと問うたが、そうではないらしい。あんな存在が二人も三人もいるなんて、そっちに驚いたものである。
 FBIがドロボーの片棒担いでいいのかと聞いたらダメに決まってるだろうと返したくせに、ジイちゃんの都合がつかないと言って連絡したらこうしてあっさり迎えに来てくれた。ちょうどこの辺りに用事があったというが、本当かどうかは分からない。
 オレは助かるからいいんだけど、そのうち本当にクビになるんじゃねーか。

 ハンドルを握る近衛さんが片手で器用にタバコを取り出して咥えたのを見て、オレも懐をゴソゴソと漁る。
 彼がそうするより前にカチリと火をつけてやり、ライターを手渡した。

「これは」
「近衛さんの。ジャケットに入ってたでしょう」
「捨てたのかと思っていた」
「勝手にそんなことしねーよ」
「別によかったんだが」

 ついでに半端な本数入ったタバコのソフトケースも彼の膝に載せる。借りた衣類はこの前返したが、これらはまだだった。
 まったく、スターリングシルバーのライターを捨てていいなんて、贅沢な人だ。

「――かわいい」

 ライター裏側のちいさないたずらを見た近衛さんが苦笑した。
 そこには、シルクハットとモノクルをつけニヤリと笑う、怪盗キッドのマークが彫られている。ただ返すのも面白くなくてなにか仕掛けでもつけてやろうかと思ったが、そんなものあげてもこの人は使わなそうだし。

「オレだと思って、大事にして♥」
「……あ、ああ……そうする……」

 近衛さんは引き気味に答えてライターをポケットに突っ込む。そうじゃなくてオレの発言にツッコんで欲しかった。


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