C-6

 季節外れな――オレが言えたことじゃないが――転校生は灰原哀といった。
 怪しい言動を繰り返すと思ったら、なんと逃げ出した元組織の一員で、オレと同じく薬で子供の姿へ変わり、倒れていたところを博士に拾われたのだという。
 彼女はいかにオレを突き止めたかや、薬について、その研究に嫌気がさし、加えて組織にいる意味も感じなくなって裏切ったというおおまかな身の上なんかを語った。
 姉を殺された、と吐き捨てたときには、ぎらりと瞳に鈍い光を宿していて、なるほど組織の一員であったのは納得できるさまだった。

 オレが飲まされた例の薬のデータは膨大で、研究していた彼女も覚えていないらしい。しかも証拠を消すためか、彼女のいた薬品会社は潰されたそうだ。
 ――けれどもしかしたら、と彼女は言う。
 姉に送った郵便物に、データの入ったROMが紛れ込んでいるかもしれない、と。
 彼女の記憶が確かならば、数年前に写真のデータを送ってきたという彼女の姉は、それを大学の先生に焼いてもらっているとも。

「その先生って?」
「南洋大学教授の、広田正巳」

 ”ヒロタマサミ”。”南洋大学”。覚えがある。
 以前おっちゃんが引き受け、消化不良で終わった調査の依頼者と、彼女の友人だという女性が通う大学、その教授。
 結局友人とその恋人は不審な死を遂げ、依頼者の行方はつかめないままだ。特に依頼者は、自分のことをほとんど語らなかったから、情報が少なく手札もなくて追うことが叶わなかった。
 博士が教授に電話をする際に姉の名を尋ねれば、彼女は「宮野明美」だと答える。それもどことなく聞いたことのある音だ。
 ――明美。アケミ……”アケミ先輩”。
 依頼者の友人の恋人に浮気された、本来の恋人。依頼者の友人の友人たちの、既に卒業してしまったという先輩。遠い繋がりだ。
 その程度の話だったから、”アケミ先輩”までは調べていなかった。それだってありふれた名前だが、どこか引っかかりを覚える。あの女子大生たちは、何と言っていたのだったか。

 世間は狭いといえば狭い。同じ場所で複数の、まったく別の事件が起こることもある。
 それに大学教授は概ね、教え子や卒業生たちはもちろん、職場や学会と多方面で人脈が広い。長年勤めていればなおさら、知り合いや教え子が事件に巻き込まれたり、亡くなったりすることだって多々あるだろう。
 だから、目の前の彼女と、その姉と、あの事件と、ただ依頼者と同姓同名だった教授には関係がないのかもしれない。
 どこか作為的に感じる響きの名が、本当に偶然ならば。

「……なあ、オメーの姉さん、警察関係者だったりするか?」
「ありえないわ。お姉ちゃんは私と違って、組織になんの関わりもない一般人だったのよ。それでいて監視がついていたから警察官なんてなれっこないし、コンタクトを取ることもできなかったはず……どうして?」
「そっか……いや、何でもねーよ」

 警察庁を尋ねたその日に、PDAについていた発信器の反応もなくなってしまって、その行方も分からなくなっている。
 ROMと言われて思い出したのは、光学ドライブのそばだけ倒された化粧品だ。
 殺されたというほどだから、もしかしたら姉は警察関係者か組織の人間で、偽名を使い、教授を経由してかROMを手にした可能性のある女性に探りを入れていたのかもしれない――なんて思ったのだが、どうやら違うらしい。


 繋がりそうで繋がらない情報たちを持て余したまま、広田教授の家へ向かい、そしてその死に立ち会うこととなった。
 教授を殺した犯人は推理で導き出すことができたが、疑問の一つも解決できず、亡くなった女性やその名や、彼女の姉、ROMについて……それらと無関係であるかどうかすら確認できずに。


「――あなたがいれば、もしかしたらお姉ちゃんは、殺されずに済んだかもしれない……」

 ただ、オレを見て静かに涙をこぼす彼女の姿が、ばらばらのピースとともにひどく脳に焼き付いたのだった。


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