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「♪――」

 不意に、男の歌声が耳に飛び込んでくる。視界が真っ暗なのに気づいて目を開けると、夕日が橙に染める車の天井が映りこんだ。

 男は、些か軽やかなリズムで、あれやこれやとを神様にねだる。車、テレビ、夜の街。挙句にガッカリさせるな、愛してるなら証拠を見せろという。
 たしかそれは、70年代のアカペラ曲だ。風刺の意味も込められていたはずだが、その陽気な歌い方では影もない。

 少し首を動かせば、ゴキゲンな声の主は運転席にいるのが分かった。FBIの同僚だ。

「……エスカレードに乗りながらメルセデス・ベンツか、神様も呆れるぞ……」
「ホントに三時間で起きた! ナポレオンみたいだな!」
「俺は癲癇持ちじゃない」
「まだ寝てても良かったんですよ」
「今どこだ?」
「バージニアです」
「着くのは夜中だろうな……」
「そうなりますね」

 勝手に場面が飛ぶ頻度や期間が少なくなった分、最近は横になれば、たまに三時間程度の時間を飛ばすことが出来るようになっていた。それが他人から見れば寝ているように見えるらしい。
 その間の事を意識できないのは変わらないので、体を起こして聞けば、いつの間にか運転を変わったらしい助手席のキャメルが、大きな体を捻らせて後部座席を振り返った。


 例のドライブしようというのは社交辞令じゃなかったようで、今度の週末に行きましょうと誘われた。キャメルは良い奴だ。しかし万が一ケツを掘られるのは避けようと、近場の同僚を巻き込んだのだが、人選ミスだった。日帰りだったはずが泊まりがけでフロリダのビーチやクラブに行く羽目になったのだ、男三人で。今はその帰りである。

「それにしても、あのビーチは最高だった!」
「漫喫してたな、ひとりで」
「カレン、エリザベス、エマ、メアリー、ローラ、クリス、ジェニファー、ケイトにアレックス、日本人もいたよ、ユキっていうんだ、紹介しようか?」
「いや、いい」
「さすが、日本人は一途だね」

 イタリア人の父を持つというこの男、行こうと言ったビーチでもクラブでも、女性とあれば片っ端からなのではというほど、あちらこちらの女性に声をかけて回っていたのだ。
 FBIで培ったノンバーバルコミュニケーションの技術を女の子の職業や趣味や性格当てに使い、人間辞書もかくやというほどの語彙力と合わせて巧みに褒める褒める。セミナー講師のナヴァロ氏が泣くぞ。褒め言葉に気を良くして溢れる自信が更に女性を美しくするとか何とか言ってたがどうでもいい。
 彼が女の子達に夢中な間、俺はずっとキャメルとアベック状態だったのである。お前を呼んだ意味がないだろ。
 何だかんだキャメルといるのも楽しくないわけではないので、良いといえば良いのだが、ビーチなんて酒も飲めずタバコも吸えないのに、そこらで買った海水パンツ姿でマッチョと二人、炎天下で何をやっているんだろうと気が遠くなった。赤井秀一、斜腹筋が甘いんだってよ。

「でもアンディ、君はもうちょっと頑張らないと。シューイチと筋肉の話してる場合じゃないよ。君今シングルだろ? ジムに行くならシューイチにじゃなく、そこに通う女の子に声かけなきゃ」
「ええ?」
「君、顔がコワイんだから、もっと爽やかに笑うようにしなよ。そのマッチョを生かして誘ったらどう? もっとこんがり焼いてさ。男らしくてたくましいセクシーさをアピールするんだ。セックスしたいわって子ひとりはいるよ!」
「じ、自分は別に、そういうのいいですし、ナンパはちょっと」
「シューイチだってモテるために頑張ってるんだぞ」
「え!? そんな風には見えませんが……」
「習慣化した努力は本人にとってはどうってことないのさ。実りが欲しければ、普段から種と水をまくことだ」
「耕してもいない更地に実もクソもない」

 なるほど、と頷きかけたキャメルの言葉を遮った。黙って聞いていると妙なことになりそうだ。どうもこの彼はいらんこと言いである。


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