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 女性を慰めるのもだが、宥めるのも苦手だ。明美はそうそう感情むき出しになんてならなかったし、キャンティは何だかんだ自己完結型ポジティブさんだった。
 魔女だなんだと言い出したあたりからジョディの目が据わりはじめ、このままいけば引きずり出して火炙りにしてやるとでも言い出しそうな勢いだったので流石にビビる。美女が怒るとこわい。

「まあ、焦らなくてもクリスまですぐに死にはしないだろう。シャロンを殺したのは、これからクリスの姿で動きたいか、その必要があるか。おそらくシャロンでは都合の悪い部分と、二重生活の手間を省くためだ」
「……そうね」

 冷蔵庫に余っていたチーズを手渡し、酒のおかわりを注いだ。
 大人しくチーズをかじるジョディは可愛い。魔女裁判はよしたいなあ。

「身内は無理か」

 テーブルに広げられた書類のうち、指紋照合以外のものを覗き込むと、シャロン・ヴィンヤードの家族構成や経歴等がつらつらと並べられていた。
 両親は火災で、夫は病死、その他クリス以外の親類縁者は悉く他界していて、これが故意でなければ厄除けのご祈祷でも受けろって感じの悲惨な家系図だ。シャロンがそうであるから、必然的にクリスも同様となる。そんなたった二人きりの身内で、仲はすこぶる悪いらしい。真偽の程は定かではないが。
 しかしこれを見ると、”彼女”の元々の素体がシャロンである、母娘は別に実在していたが乗っ取られているという以外にも、始まりがヴィンヤード家あるいはシャロンの生家の、シャロンより更に前の代に生きた人物で、そこから戸籍上の歳をとる度に姿を変え子を名乗り一つの家系をほぼ一人でやりくりするという、マキリ式世渡り術であるという可能性も考えられる。それならちょっと面白いんだけどな。

「クリスがプライベートを滅多に出さないのも、このためだったかもしれないわね」
「社会的立場を築くにしろ、女優という職業ではそれを探る輩も多いだろうし、面倒だと思うんだが」
「目立ちたがり屋なんじゃないの、嫌な女」
「ジョディ」

 頬杖ついて尖らせていたその口にチーズを突っ込んだ。押し付けるような形だったので、口紅がチーズに伸びてしまう。それを彼女はやや躊躇ってから口に含んで咀嚼した。

「……もうよすわ。続きはマンハッタンで。あとは楽しく飲みましょ」

 そう言って、ジョディは肩をすくめる。書類をさっと素早く仕舞うと、勝手知ったる様子で、俺がわざわざ日本から取り寄せた響30年を引っ張り出してきて、小気味良く開封した。
 そして彼女は、いい値段のするそれを、遠慮無く注いで遠慮無く煽る。更には「これおいしいわ」ともう一杯。
 ホー……いい笑顔だ……。3000ドルの笑顔ってやつだね……。

 結局、ジョディは雑談をアレコレ繰り広げながらも、かぱかぱと色んな瓶を開けては煽り、流れるようにベッドに向かってすやすやと寝入ってしまった。
 まあ、気持ちよく寝れるならそれに越したことはないだろうと、古びた眼鏡を彼女の顔から取り上げ畳んで机に置く。
 ジョディには同情するし、”彼女”のからくりは多少気になるものの、顔見知り二人分の命と、同僚の死んだ父親と俺のくだらない好奇心なら、前者のほうが価値がある。そこにジョディを並べられればまた違うだろうが、今はそういう状況でもない。
 眠る彼女に、「悪いな」と小さく謝った。


 ベランダでタバコを吸いながら、何とはなしに携帯を開いて、同僚たちのメールが並ぶ受信欄を眺める。
 こちらは深夜、あちらは昼過ぎだろうか。近頃、未登録アドレスのメールはめっきり減った。当たり前だ。彼女も忙しかろう。いつまでも返事ひとつもよこさない男にかまけてはいられないほどに。
 住所はメモしたがFBIの資料棚の中、覚えちゃいない。全部来た端から削除していたから、見返せるメールなど一通もない。
 ふ、と息が漏れた。もったいない。可笑しい。

 ――急に、頭を殴られたような感覚とともに、思い出したのだ。
 当たり屋まがいの事をした俺を、本気で心配して掛ける声。付き合い始めの、ぎこちない触れ方、照れたような笑顔。腕を組んで歩いた日。
 この記憶も、大事にしてやれば、いつか何かに報いてくれるとでもいうのだろうか。


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