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男がミラーごしにウインクしてくる。 「冗談さ、シューイチにはジョディがいるからな」 「いない」 「もう何回かはやった?」 「やってない」 「なんだって! シューイチ、そんなにシャイだったか!? まるで日本人みたいだ!」 つい数分前聞いた気がする、さすが日本人とはどこのどいつの言だったんだ。ICレコーダーでも買い与えればいいんだろうか。 いいかい、シャイで可愛いのは女の子だけだ。男じゃただの腰抜け、チキン野郎だ――なんてのたまってる彼の荷物にも一応、隣で頬を赤くしているキャメルと同じFBIのIDカードが入っているのだ、妙だな。 「シューイチ、女性を待たせすぎるのはよくない」 「ジョディは別に待ってない」 「期待してる子とやってあげるのは礼儀だよ」 「礼儀を辞書で引いてみろ」 「あのな、ジョディはお前の話ばかりだ。”最近シュウが元気になってきたわ。寝てるのよ、ちょっとクマが薄くなったと思わない?””よく食べるようになったからかしら、結構いい身体してたの”」 どこから出してるんだか、声真似が地味にうまくてリアクションに困る。適当なこと言うなよ。 「一緒に寝てると思うじゃないか」 「うちで寝ることはあるが」 「横で寝るだけならジェイクだって出来るよ!」 「あ、ゴールデンレトリバーの子ですか」 「そう、アンディみたいなピュアな奴さ、一歳半!」 「別に横で寝てない」 「嘘だろ!」 両手で頬をつぶす姿はさながらムンクだ。顔芸上手なのは分かったから、もうキャメルに運転を変わって欲しい。 マンハッタンまでこのテンションで帰るのかよとちょっとげんなりして、タバコを取り出して火をつけた。行きもさんざん吸っていたし車の持ち主である彼も喫煙者なので、今更断りは入れない。その様を見て、キャメルが苦笑する。 「まあ、でも、心配してたのは自分たちもですよ」 「そうさ、子供を助けたって聞いて、ジョディもだけど、僕達だって安心した」 「……そうか、それは、悪いな」 「そういうとこが好きだって言ってたよ。ジョディは素直で可愛いね」 「ジョディが可愛いのは同意するが……」 「それ! おいおい、それ本人に言ってやりなよ! とっても喜ぶよ!」 そんなこと言われ慣れてるだろう、美人だと言っても大して反応しないし。 ようやく落ち着いて喋り出したかと思ったのに、なんなら今電話するかい、愛は沸いたそのうちに掬い取らなきゃ、やらなんやら騒ぎ出す。もうその愛の泉にでも浸かっててくれ。 それから腹が減ったから軽くつまめるものでも買うか、という話になったのだが、彼が美味しい店があるからと言い出して、少し道をそれた場所に寄ることになった。 キャメルも絶賛していて確かに美味しいらしいが、このままでは家に着くのは深夜も深夜でむしろ朝方だ。しかも移動にかなりの時間を使ったので、休みまるまるを費やしてしまっている。なんせニューヨークとフロリダだ。 次の日も仕事なのに、俺はいいとして二人共大丈夫なのだろうか、なんて心配していたら、彼が上司に明日も休みをもらおうと電話をかけ始めて割と引いた。理由に”シューイチの精神的療養のため”とかたわ言抜かしてたのに承諾した上司にも引いた。 「……怖いもの知らずだな」 「うん? そうだな、コワイものなんて何もないよ。たったひとつ、女以外はね」 昨日の今日で何を言ってんだコイツ、と思ったのは俺だけではなかったらしく、ご飯に夢中だったキャメルも彼を二度見した。 「彼女たちは皆女神だ。気にいるものには神器や恩恵を授けてくれるが、ひとたび軽んじれば、それは毒蛇や狂気に変わる。その先に待っているのは身の破滅に地獄の苦艱と死さ。女性の前では、どんな時も敬虔な信奉者でいなくちゃいけない」 ニカリと歯を輝かせて言う彼はその恩恵の虜らしい。 触らぬ神に祟りなしという諺が頭を過ぎったが、しかし人類半分は女だ、そうだな、黙っててもエンカウントするんだもんな。 覚えておこう、と言う俺に、キャメルも続いた。お前こそ触られないコワモテだと思うぞ、という言葉は、そっと胸に仕舞っておいた。 |