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目標の人物は夜間にしか動かないらしい。今この世界の監視カメラはまだまだ低照度での感度が良くなく、姿を捉えられないそうだ。俺個人の携帯やUSBなんかにかける技術力をどうしてそういった機器には回さないのか。 「市警が聞き込みをしていたらしいのだけれど、グループとは無関係のはずの一般人でさえ、そんな男、誰も見てないっていうのよ」 シュウ、どう思う? そう言って、ジョディは俺の顔を覗いてくる。知らんがな。 事件について今日初めて知って、しかもサンドイッチを咀嚼しながらぼおっとしてただけの俺に聞いてどうするんだ。どう思うもクソも無いと思うんだが。すごいね(小並感)とか言ったらクビになるトラップだったりするのかこれ。 真意を図りかねて暫く黙っていたが、ジョディは俺から1ミリたりとも目を離さない。 「…………女の子供なんじゃないか」 「ええ? プロファイルとはかけ離れてるわ」 「年齢や性別は傾向を示唆するが、人間を語るわけじゃないからな」 世の中には早熟な子供もトランスジェンダーの人間も大勢いるのだ、大人の男を探しても出てこないというならその可能性だって考えてみる価値はあるんじゃないかな、なんつって。ないね。至極ないね。 FBIのプロファイラーが言ってんなら違うだろうし、適当なことのたまって悪いと謝ろうとしたら、ジョディは至って真剣な顔をして「ちょっと行ってくるわ」とイスもコーヒーも俺の席に置いたまま颯爽とフロアから出て行ってしまった。 むこうのチームに怒られるんじゃないか俺。誰だか知らんがプロファイラーに怒鳴り込まれる心構えはしておこう。良い子のみんなは仕事中の発言に気をつけような、赤井お兄さんとの約束だぞ。 イスを元に戻し、もったいないのでジョディが一口だけ飲んだコーヒーを、口紅のついた縁を避けてすする。 読みさしの資料はさほど面白くなかったので、一度棚までファイルを仕舞いに行き、別のものを取って席に戻った。それからぱらぱらとページをめくって読み応えのありそうな項目を探していると、Hey、と背後から声をかけられる。 「赤井、お前に客だ」 振り返ると、同僚であるヒスパニック系の男が意味ありげにニヤリと笑う。 その顔は”待ってただろ?”とでも言いたげだが、三年ぶりにFBI支部に出勤した人間に来る客なんて、さっぱり見当もつかない。 「そういえば、いま下でジョディが慌てて出てってたが、コニャックの件か?」 「コニャック?」 「ほら、あのヤク売ってるグループの。そう呼ばれてるヤツが捕まらないって話を聞いてたが」 「へえ」 「なんだ、お前と話してたわけじゃないのか。彼女、お前のこと好きだろ、てっきりまた一緒だったのかと」 「それは違う」 単にぼっちに優しい、輪に加われないクラスメイトの世話やく委員長タイプなだけだよアレ。なんか別れた彼氏が忘れられないみたいな話してたし。 顎をしゃくった彼のあとをついて歩き、廊下の突き当たりにある小さな一室にたどり着く。 ここまで先導してきた彼は、ドアを開けて脇に避け俺に中に入るよう促したが、自分は外に残るつもりだったようで、ウインクをして「ごゆっくり」と言いそのまま閉めてしまった。 なにをごゆっくりすればいいんだと室内に目をやると、こじんまりとしたその空間に男が一人立っている。男は俺を見てニコリと笑った。 「よう、怪我は治ったか? ライ――いや、赤井秀一さん」 誰だっけこいつ。 |