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『お前の顔は見飽きたんだ』 さほど感度がいいものではなかったと思うが、息を飲む声が聞こえた気がした。そうなるだろうという予想があったせいかもしれないけれど。 『……え、』 『もう付き合うメリットもないしな。妹の方ならまだしも』 『本気で言ってるの……?』 『――消えろ。金輪際俺の前に姿を見せるな』 『そんな……そんなのってないよ……大くん……』 『……』 受信機の前でニヤニヤ笑うジンの横顔を見てげんなりした。あいかわらずあの臭い煙草を吸っている。 掃除のついでに盗聴器を仕掛けるという僕の仕事はもう終わっているのだから、本当ならいつものようにさっさと帰ってしまいたいのに、そうはいかないのが苛立たしい。 スピーカーからは、バタンと荒々しく閉じるドアの音がした。それから遠くで響く、駆けるヒールの音。”彼女”が出ていったらしい。よくやることだ。 「ハッ、ひでえ男だ」 「まったくですね」 「宮野明美――可哀想になあ」 「甲斐性無しで性格も悪い男と別れられて幸運なのでは?」 「それもそうか。ま、ざまあないぜ……」 ――下手ではないが、うまくもない演技だ。 一体誰があんな陳腐な台本を作ったんだか、内幕を知っていれば笑いたくなる、まるっきり茶番だ。あいつの周りにはマトモなストーリーテラーがいなかったらしい。あるいは、あの男の性格的に、あまりウエットにするとかえって嘘くさくなるからかもしれないな。 「ご満足いただけましたかね」 「ああ……見事なもんだ。甲斐甲斐しい世話がようやく陽の目を見たじゃねえか、バーボン」 「あんまり嬉しいもんじゃないですけど。あんな男の痴情のもつれを盗み聞いたところで、ちっとも面白くないですし」 「だがこれで、ヤツがもし”ネズミ”だった場合、チューチュー鳴いて仲間を呼べば巣穴まで探り当てられるってわけだ」 「ドブネズミには殺鼠剤でもあげてさっさと死んで頂きたいもんです」 「焦るなよ……次の件は一応あの方の命令なんだ……確実な証拠もねえのにやっちまったらいけねえ」 もうムダだと思いますけどね、なんて言わなかった。 ミュートにした携帯には、未登録のアドレスから空メールが一件。それに指先を少しだけ動かして、こちらからも空メールを返信する。まったく、なぜ僕がFBIに協力なんてしているのか。 ――結局電話帳登録なんてしなかったこのメールアドレスは、近く通じなくなるんだろうな。 そして、恐らくあの”彼女”が無言のうちに握らされたであろうメモ紙には、それとは違う文字列が書かれていたことだろう。 本当に、可哀想な女性だ。いっそ真実手酷く振ってやればよかったのに。 |