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 なんだかひさびさにハンドルを握っている気がする。左ハンドルなんて乗ったことなかった気がするんだが、体が覚えているとでも言うように自然と運転できているのだから夢ってやつは驚きだ。白い爺でもないけど。


 ジンとの仕事は思いの外あっさりと終わってしまった。
 あのゾンビ社長のところのデータはあれから取引を繰り返し巡り巡って、今はジンのポッケに入っているUSBになったらしい。わらしべ長者かな?
 今回はただUSBをやり取りするだけの仕事だった。
 去り際ジンが背中を向けた瞬間取引相手が懐から銃を出してきたので、咄嗟に鼻っ面に撃ち放って物理的に黙らせてしまうなんてこともあったが、それを少し窘められたぐらいで、あとやったことといえば本当に運転のみだ。次もあるようだが、果たして俺がいる意味はあったのだろうか。

 ジンは助手席で前を見据えたまま、ずっとむっすりとしている。
 前々からあからさまなほど態度に出していたので分かってはいたけれども、彼は俺のことが大変気に食わないようである。
 その理由は、バーボンと同様思い当たるフシが多すぎてわからない。ロングヘアで喫煙者なところがキャラかぶりして嫌なのだろうか。でもその割には、こうやって愛車の運転を任せてくれる。謎だ。
 俺がそんなこと考えている間にも、ジンはすぱすぱと煙草を吸っていた。

「……その煙草、一本くれないか」
「ああ? なぜだ」
「吸い心地が気になって」
「……テメエで買えばいいだろうが」

 といいながらも、懐から青色のソフトケースを取り出し、開いた口部分をトントンと叩いて出てきた一本を、俺の視界に入るよう差し出してくれる。
 前方の道路を確認しながらも横目でそれを見て、右手を伸ばしありがたくもらう。なんとマッチまでくれた。意外と良い奴かもしれない。
 お礼に自分のショートホープを勧めると、ジンはしぶしぶながらも受け取る。
 ……あれ、なんか今俺たち化粧品貸し借りする女子みたいなことした?

 フィルターを咥えつつ息を吸い込むと、黒煙草らしい重みが肺にくる。それからうっすらと香る独特の匂い。
 この夢では嗅覚だって不鮮明なので、珍しくて思わず口角が上がった。

「ホォ、いいな」
「適当言ってんじゃねえよ……」

 ジンは鼻を鳴らしたあと俺をひと睨みし、ずり、と体を下へずらすと帽子を目深に被り僅かに俯いた。寝る気か。


 視界の端にちらちら映り込む、少しの間さえあればあっさり破壊してしまえそうに見える脳髄を秘めた頭部。
 なんだか険悪ながらも危機感のない雰囲気に違和感を覚えて首を傾げ、それからハッと思い出す。

 ――そういえば、俺はFBIの潜入捜査官なのであった。

 ずいぶん悪の組織の一員が板についてきていて、危うく忘れるところだった。もしやこの任務の前にFBIへ連絡しておくべきだったのでは。
 まったく、自分で呆れてしまう。どうして記憶していられないほどこんなに設定過多にしたんだか。


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