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 曰く、身近に怪しい人間が二人増えたと。
 一人は自称女子高生探偵世良真純。紫のバラの人みたいな名前だな。やたらとコナン君や蘭さんに絡んできており、あの子に興味を示している。ジークンドー使いでパッと見男のボーイッシュ系、八重歯が可愛い十七歳。
 もう一人は自称私立探偵安室透。また探偵か。ポアロでのバイトを始め、授業料を払って毛利小五郎への弟子入りをし、阿笠博士に会いたがっている様子。誘拐を止めるのに廃車上等でスポーツカーをぶちこむやんちゃな二十九歳。
 相も変わらず工藤邸のソファで、隣に座ったコナン君は、俺が淹れたコーヒーを飲みながら足をぷらぷらと動かす。

「どう思う?」
「……」

 Oh, bourbonって思います。

「二人のうちどっちかがバーボンじゃないかと思うんだけど」
「…………」

 そりゃアレだよ、プロフィールがよりヤバい方がバーボンだよ。具体的に言えば二十九のアルバイターだよ。なんだ弟子入りって。史上最凶にもほどがあるだろ。ディサイプルって感じじゃないだろあいつ。
 オーバーサーティで無職の俺が言えた義理でもないが、ファイナンシャルプランナーやら経営コンサルタントやらでお金が貯まったからずっと夢だった探偵がやりたいんですーとかじゃダメなのか。鼻につくか?

「知ってるんだよね、赤井さん。バーボンのこと」
「…………ああ」

 まあそれだけ近くまで迫っているというのなら知らせておいたほうがいいのかもしれない。組織の人間と間違えて警戒される女子高生もかわいそうだし、逆に二十九歳アルバイターにうっかり絆されてすっぱ抜かれるという可能性もないわけじゃないだろう。
 だがどう伝えるべきか。単体であれば善良なおまわりさんな彼であるが、今はまじょといっしょ状態なのである。ガチバーボンモードの彼に容赦や助力が期待できるかというとそうでもない。組織でコードネームをもらうということはなんだかんだやるこたやってるという事なのだ。
 ぶっちゃけ本当にやる気でやって来てるのなら、こっちもやる気でコッソリ処理したいところである。俺はほぼほぼ死んでるおじさんだから良いが、コナン君は将来有望な小学生なのだ。
 教えるにしても、行動を鈍らせるような妙に曖昧で判断に困る情報は与えず、完全に組織の人間として対処した方が互いに都合がいい気がするんだよなあ。

「そうだな……」

 しかし知った上でボク六歳ムカンケーな顔はしてくれないだろう。どのみち察知スキルが異常に高い因果律の申し子だ、隠してもムダかな。俺よりうまく采配するかもしれんし。
 なんとはなしにテーブルに置いていたタバコの箱を取り、一本咥えて火を付けた。買ってはみたもののあの子のお気には召さなかったボヘームだ。さして吸いごたえもなく燃えるのが早いので俺的にもイマイチ。

「ごめん」

 言葉選びに悩んでいると、コナン君が急にそう言ってやや俯いた。

「話せない理由があるんだよね」
「ああ……いや、悪い、きみには関係のないことかもしれない。バーボンは――」
「いいんだ。ごめん、無理に言わせようとして。それなら余計ダメだ」

 何がだ。意図を掴みかねて見下ろすと、随分深刻な眼差しを向けてくるので、思わず若干たじろいでしまう。

「ボクがなんとかする。赤井さんは出来る範囲だけ手伝って」
「対処は俺に任せてくれて構わない。きみに労はかけさせないから」
「ダメだよ赤井さん。手放そうとしないで」
「そもそも俺は何も持っていない」
「どうしてそんなこと言うの」
「事実だ」
「悪いことじゃないよ。より大事なものを選ぶべきだ」
「すまない、選びたいわけではないんだ。ただ少し迷ってしまっただけで――」

 かん、と音を鳴らして、コナン君が荒っぽく空のカップをテーブルに置いた。

「――なんで謝るんだよ!」

 少し張り上げるだけでその声は脳を揺さぶるほど響く。

「何から何まで、なんで怒らねーんだ! なんでオレのために諦めようとすんだよ! オレの言う事聞けないからって謝る必要なんかねーだろ! 頭っから否定したっていーんだから、自分を抑えつけるような真似ばっかりすんな!」

 呆けている間に伸びた灰を落とそうと灰皿の上で吸口を叩いたが、あまり短くはならず先が尖ったようにして残ってしまった。意外と中の方はまだ赤い。

「……そうは言っても、きみには従う価値がある。それなのにすぐさま決断できない俺のほうにこそ問題があるんだ。間違ったことも言っていないのだから、否定する必要も怒るようなこともない。諦めるようなことも端から存在していない」

 今特におこポイントなかっただろと首を傾げていたら、がっと胸元を掴んで引っ張られた。低い彼の背に合わせて前かがみになる。
 小さな手がぷちりとシャツのボタンを外し、変声機のスイッチを切った。変えてって言ったら俺がやるのに、スイッチ押したいさんなのか。

「……本気で言ってる?」
「冗談に聞こえたのか」
「冗談に聞こえないっつってんだよ、バーロォ!」
「それはすまない」
「また――!」

 煽るつもりでもふざけているつもりもないはずが、ますますコナン君のお口が悪く眉間のシワが深くなっていく。火に油ってレベルじゃないな。いらんこと言いが治らないが黙ってても怒らせるんだからもうどうしようもない。困ったもんだ。
 ついにはくそ、と吐き捨てられてしまった。お詫びにコーヒーもう一杯飲む? と聞けば、そっぽを向いて頷かれる。
 難しいな。あんまり頭が回る子だとなかなかまっとうに叱ったり対等にやりあえたり、そういう信頼に足る大人に巡り会えないのかもしれない。ひとまず俺では無理だ。誰かいい人いないもんかね。


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