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 いらっしゃいませ、と爽やかな笑顔は真夏の青空でも背負っていそうだったが、今日は曇天で太陽も見えずどんよりとしているし、コーディネイトをしてくれる有希子さんはちゃんと上着やマフラーを身につけるようにとよく言い聞かせてくるし、コナン君達は週末スキーに行くとのことだった。

 好きな席にかけろと案内をされて、カウンターの端を選んだ。昼どきでもないからか客は数人だが、一人でテーブルに座るのもなんだし料理を持ってくる手間が省けていいだろう。
 メニューの冊子をパラパラ捲ってみると、以前来た時とちらほら変わっている箇所がある。小さな店なのに意外と品数豊富なんだよな。ここで焼きそばとカルボナーラとフルーツパフェとトマトジュースとシーザーサラダを頼むとぴったり三千円になるそうなのだが、さすがにそんなに食ったらリバース再びだ。
 カルボナーラをください、と頼んで、工藤邸から借りてきた小説を開いた。笑顔で請け負った店員が手際よく調理を開始する。
 ちなみにこないだ俺がネットのレシピを見て作ったカルボナーラは見事に失敗した。なんやかんやと手間取っている間にクリームがかすかすになってソースなんて自分でおかけなさいなといった風のパスタ麺の塊に仕上がったのだ。
 一人で食う分には腹に入れば一緒だからいいが、あんなものあの子に出したら綺麗に作れるまでひたすら罵しられながら作るハメになりそうだ。そこらのトーシロが書いたレシピなんてアテにするなとはさんざん口を酸っぱくして言われているし。徹底的に付き合ってくれるんだからありがたいがいかんせんスパルタなんだよな。

 相変わらずちょっとシュールだがだんだんクセになってくる、探偵左文字シリーズ“悪魔が仕組んだ遺言状”なる巻を読み進めていると、お待たせしました、との言葉と一緒に、俺のアレとは天と地ほども違う見事なカルボナーラがやって来た。
 俺の目の前に皿を置いた店員が、そのままその場に留まって、こちらの顔を伺ってくる。

「あの、間違えていたらすみませんが」
「なんでしょう」
「あなた、阿笠博士宅のお隣に住んでいらっしゃる方では?」
「ええ、そうです」
「やっぱり。この前お見かけしまして、蘭さんや子どもたちからも話を聞いていたものですから」
「ははあ」

 くるくる巻いて口へ運ぶと、感触も違う。味は分からないにしろいい出来なんだろう。入りたてでこれなら即戦力だ。俺だったらずっとレジとホールだな。

「お名前を教えて頂いても?」
「……沖矢昴と申します。あなたは?」
「ああ、失礼。人に名を聞く時は、でしたね。安室透と言います」

 やっぱり間違いなくバーボンだなコレ。いつかの任務で“オモテ”の顔をしていた時のヤツだ。
 しかし彼にこんなにこやかな笑顔を向けられるのは慣れない。ライに対する彼はいつ見てもしかめっ面か不機嫌面で、笑ったとしてもなんだか含みを持たせて鼻を鳴らすようなもんだった。

「お幾つですか?」
「二十七です」
「あ、年下なんですね。僕、二十九です」
「はあ」

 もともとあまりいなかった客も減って注文もないもんだから暇になったのか、断りもせず隣に座り、テーブルに肘をつけて手に顎を乗せ、俺の食べるさまを眺めてくる。しかも何か言ってほしそうな顔で。

「……意外ですね、同じくらいかもっと若いかと」
「よく言われます。顔つきが可愛いからとか童顔だからとか。僕の表情も関係しているんでしょうか。ご覧の通り、箸が転がっても笑っちゃうような性格で。お前は悩みなんてなさそうだな、なんて言われたりもしちゃうんです。沖矢さんからもそんな風に見えますか?」
「……さあ。そこまでは考えていませんでした」
「じゃあ今考えてみてください」

 謎の絡み方をしてくる。こんなにパーソナルスペースの狭いやつだったか。そういうキャラだったのか?
 “安室透”については、たまに端から見るだけで大して関わりもなかったので、これが標準対応なのかも分からない。こんな感じでグイグイ押して他人の車のハンドル握っていたんだとしたらこいつの手腕というよりはむしろ握られた方の対人関係構築力が問題な気がする。

「顔の造形はあるでしょうが――悩みなんて程度の差はあれ誰でも抱えているものでしょう。ないように見えるのは感じ取れていないだけです。あとは単にバイタリティと愛嬌があって、人の下に位置づけられるのも厭わないからではないですか」
「ありがとうございます」
「別に褒めてはいませんが」

 間に水を挟んで、またくるくるとフォークをまわす。
 そういえば先日クッキングのついでに出来上がりを一緒につつきながら、俺は食べ方が下手くそなんだろうかと少女に聞いたら、手つきはそうでもないわときょとんとされた。その割にはまだ観察するような目はやまないのが不思議だ。
 “安室透”は少女とはまた違った色で俺の動きを追ってくる。目を細め、ゆるめた頬は鼻歌でも歌い出しそうなほど。確かにゴキゲン野郎だ。

「美味しいですか?」
「ええ、とっても」
「作ったかいがあります」
「仕事でしょう」
「そうですけど。仕事にやりがいを求めるのは当たり前でしょう?」

 そんなこと言われても無職だからな俺。


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