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「あ、旦那といえば!」

 思い出したように手を叩いて、園子さんがそばに置いていたスクール鞄をごそごそと漁り、何やら雑誌だかチラシだかで折られている紙飛行機を取り出した。
 最近の高校生はそんなことやるのかと思ったら、どうやら元々彼女の持ち物ではないらしい。なんでもちかごろ世間を騒がせている“紙飛行機野郎”、そいつがばらまいたうちの一つが彼女の家の庭に飛んできたのだとか。

「何の目的でやってるのか、その旦那に聞こうと思ってたの!」
「ホー……」
「見る?」

 写メを撮ったあとにはい、と手渡された飛行機は、何の変哲もないそこらの週刊誌らしい一ページを折って作られており、シンプルな点と線が描かれている。
 携帯で軽く調べてみれば、一昨日と昨日の夜間に百機近くもの紙飛行機が都内で回収されたらしい。悪戯なんだか安価なんだか。
 それからちょっと失礼と広げて眺めたところ、落書きと言うにはキッチリとカーニングされていて、丁寧に塗りつぶしもされており、どこかこの図柄自体に何らかの意味を持たせたいように感じられる。

「“SOSだ”――って!」

 蘭さんが携帯を見て声を上げた。

「なるほど、モールス信号」

 ツートントンってやつだな。字面のみなら符号と言うんだろうか、タイタニック号が使用したあれだ。
 携帯電話の呼び出し音にもさり気なく混ざっていたりするし、勉強そっちのけで覚えてカンニングに活用する愛すべきバカ的な受験生もいれば、まばたきや記号に置き換えクリプトグラフィー的に使用する犯罪者もいる。シンプルだが汎用性の高い通信手段だ。

「それをその“旦那さん”が?」
「知りません? 高校生で探偵やってる、新――」
「き、金一です!」

 園子さんの言葉を遮り、蘭さんはなぜだか慌てたようにして、クラスの推理好きである金一は、工藤家のサボリやで取り柄のないただの高校生新一とは別人であることを説く。シンイチは高校生探偵とかいう話だったような気がするけども。

「はあ、そうなんですか」
「そうなんです!」

 話の流れから言って蘭さんが写メを送った相手は“旦那さん”ではないのか。ジョディが潜入捜査を行っていたときの情報からすれば、毛利蘭の幼馴染であるボーイフレンドは“シンイチ”であるはずなのだが。
 彼女たち自身にそれほどスポットを当てていたわけではないのでそれが間違っているということもありうるし、恋多き女子高校生らしくあれから“旦那さん”が変わったのかもしれない。この年頃は数週ペースでくっついて別れてを繰り返しては運命の出会いだとか一生一緒にいようだとか言うもんだしな。
 愛ゆえのお掃除タイムかと思いきや単なるボランティアとは心広過ぎで頭が下がる。
 しかしそれだと俺はパンツ見たことを“金一”に謝らないといけないのか。オラオラ系じゃないことを祈ろう。


 他にもあったはず、と少女たちがウェルカムバーガーまで取りに行き、“金一”がなぜかそれを俺にも見せるように言ったらしく再び工藤邸へ戻ってきた。
 二つ目の紙飛行機にはまた別の模様が書かれている。携帯の電波マークと“ゼロ”のモールス符号。

「手の込んだいたずらでなければ、自分は電波の届かないところにいる、助けてくれ、というメッセージとなりますね」
「でも、誰が、どこから……」
「――夜間に飛ばすのは日中監視者がいるからか。その目を盗む手法を考えつき、こういった知識の要る捻り方が出来るあたり、それなりの年齢の人間でしょう」

 コナン君のような子というレアケースもあるかもしれんが。

「成人を、そうした細工が行える状態で拉致監禁しているとなると、猥褻目的よりも取引や金銭といった営利等の損益が生じる理由があってのことではないかと。その場合対象は社会的地位のある人間である可能性が高く、そういう人間が二日も音信不通になれば問題になるはず」
「もしかして、この人?」

 付けていたテレビのチャンネルを変えニュースにすると、ちょうど狙いすましたかのように、造船会社の社長が誘拐され誘拐犯は逃走中に投身自殺したとのニュースがあっていた。
 社長は元船乗りだという。現在船舶間の通信に使用されているのはマリンVHFバンドだろうが、その年ならモールス符号を覚えていても不思議ではない。どこからどう見てもビンゴ。
 ついでに今日も紙飛行機が飛んでいるらしい。しかもこんな昼間から、犯人が死亡したことも知り得ないだろうし、犯人に仲間がいないとも限らないのにである。
 飛ばされ始めたのは一昨日、放置時間がいかほどかは知らんが弱っているかもしれないな。同じ誘拐されたさんでも、アニマルショー大好きおじさんと違って自力で脱出するのは困難だろう。

「人質の身柄を移動させるのはそう容易いことじゃない。それに一昨日から今日まで同様に発見回収されたということは都内、かつ紙飛行機が広範囲に散り電波の届かないところであれば高層建築物ですかね」
「昴さんすごーい! それで、どこなの!?」
「……さあ?」
「ええーっ」

 言うてもマンハッタンほどじゃないにしろ、都内の高層建築物なんていっぱいあるね。ズコッとコケマネしてくれる園子さんたらノリがいい。
 新しく発見されたという半円形の図柄がそれを特定する暗号となっているのかもしれないが、ちょっとわからん。まさかゾディアックなわけないしな。妙な折り目がついているようだから別の形にしろということかもしれない。有希子さんの勧めるよう折り紙もやっておけばよかったのか。
 女子高生と三人並んで頭を傾げていると、蘭さんの携帯が軽快な着信音を奏でた。


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