18

 “金一”曰く、代田社長とやらは米花タワーマンションにいるらしい。
 半円が円形になるよう、折り目に応じて折り直せば図柄は和文符号の“べ”になり、かつ紙の形は“イカ”になるんだと。ヒゲじいも真っ青なダジャレだな。
 最悪えっさほいさと紙飛行機を拾ってまわり分布図を作成した上で風向風速と照らし合わせ作業するハメになるんじゃないかと思っていたが、出題回答者のマッチングが随分うまくいったもんだ。代田氏の日頃の行いが良かったに一票。
 ともかく、米花町で監禁に向きそうな高層建築物は米花タワーマンションのみだそうである。後々風評被害で資産価値が下落したりしないのかね。

 電話口の“金一”は、監禁部屋の特定を行うには向かいのホテルの展望エレベーターに乗って見てみるくらいしかないと漏らしたようで、それに対して、蘭さんは即レスで自分が行くと言い放った。なかなかチャレンジャー。

「園子は警察に連絡して!」
「う、うん」

 ネアカ少女には刑事の知り合いが複数いるらしい。女子高生にも人脈で負ける。

「……近いとはいえ車のほうが早い。出しますよ」
「あ、ありがとうございます! お願いします!」

 目立つ行動は避けなければならないけれども、流石に女子高生二人がレスキューしてる間ボケっと突っ立ってるのは忍びないと、一人で駆け出しかけた蘭さんを止め、運転手役を買って出た。持っててよかったスバル360、ありがとう有希子さん。ありがとうガソリンをくれた阿笠氏。
 少ない俺の荷物からミル入り双眼鏡を引っ張り出して、スーサイドドアにちょっと戸惑った蘭さんを助手席に乗せ、捕まらない程度に心持ち急ぎつつ、ニュー米花ホテルまで車を走らせた。
 ホテル側でなければ予備のライフルスコープでも使うかと考えていたものの、ベランダに紙飛行機がもさりと溜まった部屋は意外とあっさり見つかる。50倍が日の目を見ない。
 そこから更に米花タワーマンションまで移動し、車から降りてエントランス前に立つと、上空からヒラヒラと万札の紙飛行機が舞い降りてきた。債務者には夢みたいな光景じゃないだろうか。

「逼迫しているようですね」

 それを蘭さんが慌てた様子で、繋ぎっぱなしだった電話の向こうの“金一”に伝え、何やら少し揉めたようにして言い合いを始める。やるやらないとか大丈夫とかなんとか。

「彼はなんと?」
「あの、新……金一、昴さんに任せろって……」
「妥当でしょう。蘭さんはここで待っていてください」
「でも、人手はあったほうがいいに決まってます。助けが必要な人がいるのにじっとしてられません――私も行きます」

 強いまなざしにちょっぴり面食らう。
 同じようなことが前にもあった。ニューヨークでのことだ。当時は涙で潤んだ瞳をして、不安で心細そうな気配は隠せていなかったが、今は焦りこそ見えるものの救命にかける意志のほうが勝るようで、あのまさしく迷子であった佇まいは感じられない。

 ――少女のそれは、もう一つ別の風景をも想起させる。
 銃口に怯まぬ姿。ちいさくもろいねがい。
 俺はそれを刈り取った。俺の名は呼ばれないまま。

「……何かあったら、僕を盾にして逃げるんですよ」

 流石に今は銃を持っていないし、肉弾戦ではもしかすると彼女のほうが強いかもしれないが、まあタンク役はいて損はないだろうと思ってそう言えば、蘭さんは一度きょとりとして、気を取り直したように息を呑んだ。頷かないあたり人の好さと頑固さが見える。
 あれだけニュースになっているのに紙飛行機はまだ降り続けているのだ、正直言って仲間がいる可能性は限りなく低い。危機が迫っているのは外的要因というより、彼自身の生物的な問題によるものだろう。俺ならもう一週間くらいはいけるかもしれんが。不思議なもんだ。みんな思うよりあっけないのだ。

 上の階の住人にウソ混じえて頼み込み、非常用梯子を使い紙飛行機がひっかかっていた部屋へ降りてみれば、手錠で繋がれぐったりとする、代田社長と思しきやつれた男性が窓際近くで座り込んでいた。
 案の定彼以外のひと気はなく、誘拐は単独犯によるものだったようである。
 手当を施し、まもなく訪れた“金一”が呼んだという救急隊員に引き継ぐと、少女は心底安堵した風に頬を緩めた。

「よかったあ……」

 ――ただの雨粒一つを、さも宝物のように掬い上げ笑う。
 その姿がひどく眩しくて、なんだか息が苦しかった。


 帰りの車内、気が抜けたようにシートに身を預ける蘭さんが、ふと俺を見遣って首を傾げた。

「昴さん……もしかして、どこかで会ったことありますか?」
「……悩ましいですね。あなたのような可愛い人に言われてしまうと、そうだと答えたいところですが、“金一”くんに怒られてしまいます。園子さんにも」
「あっ、べ、別に変な意味じゃなくてですね!」
「おや」
「本当にそんな気がしたんです……」
「それはすみません。しかし、覚えがないです、残念ながら」
「そうですか……」

 もはや何の意味もないことだ。
 そいつは既に死んでいるってな。


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