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 ガッ、とすさまじい音と衝撃が頭蓋に響いた。
 平日の昼下がり、いつも通りデイリークエストとしてうまいのかどうなのかわからん飯を作って平らげ歯磨きをしていたら、突然やってきた美少女に蹴り倒されてしまったのである。なんでさ。

「ハン! ざまーみなさい!!」

 その上罵られてしまった。
 一部の業界ではご褒美ですってやつだな。しかし警察呼ぶのは勘弁してほしい。

「ッ、げほ、ごほ、」

 ぼんやりしていたもんだから咄嗟に反応できず、顎下を抉り飛ばすようなそれをモロに食らって背中から倒れ、歯磨き粉と唾液が気管に入ってしまった。
 痛くはないが頭がぐわんぐわんとする。ひっくり返ったときとは違う感覚だ。
 ううん素晴らしい蹴り。ジョディといい勝負、もしかしたら彼女より強かったりするかもしれない。
 そういえばこの美少女――毛利蘭といったか、調査によれば空手か何かをやっていて、大会で優勝したりしているんだった。怯えた顔や泣いてる姿が印象深かったもんだから何となく儚くか弱そうなイメージだったが、この蹴りがあれば深道トーナメントも余裕だろう。シンイチも一発だろうが殴られたらまずいんじゃないか。
 転がったままげほげほしていたら、少女の元へ電話が掛かってきた。どうやら相手はコナン君らしく、フォローを入れてくれたようだ。

「ほ、本当にすみません……」
「大丈夫ですか? 吐き気とかは……」

 青ざめた顔でしゃがみこんだ女子高生二人が介抱してくれる。これは一般業界でもご褒美だろう。セクハラで通報されたくないので支えようとするのは断っておく。
 噎せながら手を振って大丈夫だと示して立ち上がり、取りあえず口を濯がせてもらった。


 少女たちは定期的に、シンイチがいなくなって誰も住まなくなったこの家の掃除をやってくれていたらしく、いつものようにやって来たら見知らぬ男がいたもんで泥棒だと勘違いしたんだと。ガソリンドロボーならやったけどな。
 まあこんな工藤家に所縁もなさそうな男なんだから仕方がない。

「すみません、僕もご挨拶しておくべきでした」
「いえ、そんな」

 それから改めて自己紹介をし合う。清々しい素敵な言葉を放った素質がありそうな少女は鈴木園子というらしい。今はやや照れ気味に笑っている。

「院生って、どこの大学ですか?」
「東都大学です」
「へえー! あの、写メ撮っていいですか?」
「ちょっと園子!」

 どうやらこの園子さんちょっぴり面食いらしい。有希子さんが作ったマスクだからそりゃイケメンだろう。だが女子高生のネットワークは時に恐ろしいほどの広がりを見せたりする、下手に拡散されたりしては困るので、写真は苦手なのだとテキトーこいて濁した。

「せっかくですし、お茶でもどうですか。ちょうど食後に飲もうと思っていたんです」

 気を逸らすためそう言えば、蘭さんの方は若干遠慮しながらも、可愛らしい笑みでいいんですかと食いつく園子さんと一緒にノってきてくれた。
 二人が手を洗っている間にキッチンへ行き、有希子さんに教わったように紅茶を淹れて、オマケにこれまた彼女に教わって作ったスコーンも一緒に皿に盛り、トレイに乗せリビングへ運ぶ。
 ついでにコナン君から探偵左文字シリーズなるドラマを録画しててくれとのメールが来ていたので、テレビをつけてその操作もしておいた。ホームズ大好きマン探偵モノに目がないんだな。

 少女たちは長めのソファでややくっつくように肩を並べ、俺は一人がけに座ってL字にテーブルを囲む。家具も食器も元々この屋敷のものなので、見た目はなかなか洒落たお茶会だ。

「スコーンも昴さんが作ったんですか?」
「はい。お菓子作りはまだ始めて日が浅いもので、美味しくなかったらすみません」
「ううん、けっこーイケるよ、これ」
「そうですか? ありがとうございます」
「この子には負けるけどね」
「蘭さんは料理上手なんですね」
「そ、それほどでも……」
「そうなの! 旦那のために頑張ってるから♥」

 きゅ、と両手を握って頬にあて、園子さんがいたずら気な顔をし、それを向けられた蘭さんが若干慌てたようにした。まだ幼馴染だと言い張っているようである。青春だ。
 あっという間に砕けた口調であるのに微塵も不快感を齎さないのは彼女の圧倒的なネアカ気質ゆえか。俺もこういう愛嬌があればよかったんだが。

「“旦那さん”ですか」
「そー、アツ〜い仲のね。だから昴さん、蘭は狙っちゃダメよ!」
「承知しました」
「す、昴さん、真に受けないでください!」

 先程その奥さんのパンツを見てしまったんだが、シンイチにお礼参りされたりする前に正直に白状しておいたほうがいいんだろうか。妙に拗れる可能性もないとは言い切れないから、潔く大人しく一発や二発受けるのが懸命かもしれない。
 しかしちょっと事故に近いのでコナン君あたりに弁護を頼みたい気持ちもある。相談しておくべき?


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