13

「……す、すみません。病み上がりなもので」

 どうにかこうにか落ち着かせて二人に顔を向けるが、視界がちょっとぼやける。
 少女はそんな俺の姿を見つめ暫くの間沈黙したのち、思い切ったように口を開いた。

「…………何を患ってたの?」

 地味に困ってしまう食いつき方だ。ただの言い訳なんだわそれ。
 少女は科学者だ。彼女がいたのは薬品関係の施設であるし、コナン君の話によれば医療関係の知識もそれなりにあるらしい。ヘタなウソこけんな。
 だがまさか銀髪ロン毛でまっくろくろすけなメルヘンさんに爆破殺法受けた後紐なしバンジーして一週間寝太郎だったんですとは言えんだろ。

「ええと……その、自律神経失調症でね……」
「まだ治ってないんじゃないの」
「……そうかもしれない」
「通院は?」
「少し前まで……」
「また行ったほうが良いわ。そうハッキリ治癒したと言えるような類のものじゃないんだから」
「はい……」

 生き様がずぶとでも言いたげな表情をされ、大人びた声でそう諭される。だいぶ情けない。思わず尻すぼみに返事してしまった。
 そういえば、新出先生は出来ることならちょこちょこおいでと言っていた。行きたいのはやまやまだが、大迷惑かけたあとでちょっと敷居が高い。しかもこれ自体は行ってどうにかなるもんでもないだろう。今行くなら車を出すが、と言う阿笠氏に首を振った。
 少女の視線が包帯の巻かれた俺の手に移る。

「……その怪我は?」
「これは……ちょっとうっかり、自分で」

 じっと見られると恥ずかしい。手首辺りまで見事にずるっと剥けたもんで、有希子さんがわざわざキッズ用ピーラーを買ってきてくれたのを思い出してますます情けなくなる。

「あの、本当にすみません、急にお邪魔してご迷惑を……きみも、すまない、ありがとう。ええと、改めまして――僕は沖矢昴というんだ。名前を聞いてもいいかい」

 そのままでいるとあれこれフカボリされそうだったので、少しマシになった体を起こし、気を取り直して自己紹介をしてみる。
 少女の体は本当に小さくて、ソファに座る形でも見下ろすようになってしまう。改めて向かい合うと不思議な気分だ。目を合わせるとまだ軽くくらりとする。

「……灰原哀よ」
「哀ちゃんと呼んでも?」
「…………」

 嫌そう。これはお断りだな。ごめんねと謝っておく。
 続いて俺が語った、隣に越してきたのはアパートが燃えて住む場所がなくなり困っていたところ知り合いの工藤優作氏が今うち空いてるから使ってええよと言ってくれたから、というストーリーに、彼女はうろんな目つきをしながらも、そうなの、と相づちを打ってくれた。いまいち信じられんがそうツッコむとこもないといった風だ。

「江戸川君はこのこと知ってるの?」
「先日きみと一緒にいた眼鏡のボウヤかい? ああ――彼が鍵を預かっているとのことだったので、優作さんから話を通してもらって会ったよ」
「ふうん……」
「あ、そういえばワシもコナン君からそう聞いとったわい!」

 阿笠氏がフォローのような何かを入れてくれるが、こうかはいまひとつのようだ、もうちっと早くうまいことやって欲しい。大根から大根へのお願いは儚くも届かない。
 案の定少女が「どうしてすぐ教えなかったのよ」とか「いっつもそうなんだから」とかなんとか大根に串を刺している。この後コトコト煮込まれそうだ。しかしそれ俺の目の前でやるかね。

「きみはあの子と仲がいいのかな」
「さあ」

 かなりそっけなく顔を逸らされた。個人的な付き合いをてめーに教えてやる義理ねーよ女のコに詮索すんじゃねーとな、その通り。

「秘密は女性を美しくする、というやつだね」
「……」

 下手したらまたひっくり返った挙句ロリコンとして通報されかねんのであんまり絡むのはよしておこう。

 しばらく休んでいってはどうかという阿笠氏に、なんとか立ち上がって歩く程度はできそうだし、家はすぐ隣なのでさっさと帰って寝ますと断って、その前にトイレだけ貸してくれと頼んだ。
 よたよたと行き来をして、とりあえずざっとの造りは確認出来たので、二人に礼と挨拶をして阿笠邸を後にした。二階や地下はまた今度にするしかないな。

 隣家なら充分受信できるだろうとコナン君が設置した盗聴器の存在を、家主は知らない。
 博士に教えちゃすぐバレるからだって。確かに押せばホロリと崩れそうな大根さんであった。俺も人の事言えないし、有希子さんに追加の授業を頼むべきだろうか。やっぱりいまいち子供の相手の仕方が分からない。あの子は女性でもあるから余計だ。
 ああ、でも少し安心した。


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