11 |
彼もドロップアウトして二代目バーボンに交代したとかいうわけでもなければ、彼の動きはひいてはコナン君にとって都合の良いものとなるはずだ。 俺と違って“仕事”にちゃんとプライド持ってる様子だったしむしろ万々歳じゃないのか。 「“バーボン”は恐らくシェリーを狙ってる」 「……あの子を?」 「赤井さんは“バーボン”について何か知ってる?」 家事が得意な公安のネズミさんだということは知っているが。 「……」 ゾンビにも憐れみや戸惑いを見せるお仕事真っ最中の彼がまさか私怨で命を狙うような真似はしないだろう。単純に組織から離れて手出ししやすくなった今身柄を抑えたいといった類ではないのか。だったら保護と同義だ。 もし彼や彼の上司の意向でないなら、それはバーボンが従わざるを得ない組織上部の命令ということになる。ボスやらラムやらジンかな。確かにそっちから確保でなく処分を命じられたら誤魔化すのはちょっと大変だからやっちゃうだろう可能性はある。シェリー、あの子もそもそも組織の一員だし、彼や彼らにとって重要なのは中枢に入り込み根本を叩くことであって、些事を優先して自分や背後に被害が及ぶような事態は避けるはずだ。 その場合はちょっとこっそり邪魔か和解させてもらいたいけれども。 ここで彼の目的やそれが何によるものなのかも知らずおまわりさんなんだよテヘペローとか言って下手にフットワークの軽いコナン君が突撃なんかしたら、彼の計画が狂って最悪俺だけに留まらずFBIやコナン君やあの子もろとも巻き込み事故起こしながら警察庁爆死するかもしれん。 さすがにそれはちょっと疫病神どころの話じゃないな。 「……一緒に任務をしたことはある。あの子を狙うというのもありえない話ではない。情報収集が得意で聡い奴だから、慎重に警戒と様子見をすべきだ」 「じゃあ、可能ならより近くにいる方がいいと思わない?」 もしかしてコナン君まだ俺の家の話してたのか? 眼鏡越しにこちらの瞳をまっすぐ射抜きながら、ぐい、と顔を近づけてくる。 「何も手はそれだけではないだろう」 「益と選択が大事なんでしょ? 選択肢が他に数多あるとしても、感情一辺で忌避せず最大の益が得られる最善の方法を採らないといけない」 「……ああ」 「赤井さんはもう社会的にやるべきことがなくて、哀ちゃんが気がかりで、ボクに使われてもいいって思ってるんだよね?」 「……まあ」 「つまり赤井さんにとっての益は哀ちゃんとボクにとってのそれと同じだ。そして有希子おばさんに恩義もある」 「……そうかもしれない」 「もしその“バーボン”の手が哀ちゃんに届いたら、彼女自身のみならず彼女を匿ったボクや博士のことも、ボクから赤井さんのことも、そして赤井さんに協力した有希子おばさんたちのことも知れちゃうよ。関係を持って協力したという事実は覆しようがないんだ」 「……確かにそうだが」 「結果ボクたちの望まない事態に転んでしまう。けれど、そばにいればより早くそれを察知して阻止することができる」 「……」 「提案やお願いじゃないよ。ここに住んで、この家と、ボクと哀ちゃんを守って」 いいから許すとおっしゃいみたいなヤツか。コナン君は蓬山の生まれか何かか。 勢いに押されて了解したと言えば、一度返した合鍵を再度渡され、受け取った右手を両手で包んでぎゅうと握らされた。 理由があるのは分かったし正味助かる話ではあるものの、彼らはどうしてそんなに俺をここに住ませたがるんだ。もしかして事故物件なのだろうか。名義も変えず知り合いが内々に住んだ程度じゃ告知義務なくならないと思うんだが。火災保険ちゃんと入ってる? 「今日はボクも泊まるから」 コナン君はニコリと笑って、勝手がわからないでしょうと言った。よく遊びに来ていたからコナン君には我が家みたいなもんなんだって。毛利探偵には既に連絡済みらしい。最初からそのつもりで来ていたようだ。 彼はホテルをチェックアウトしに行くのにもついてきて、一緒に買い出しまでして帰ると、本当に慣れた様子で工藤邸内の案内をしてくれた。 「――赤井さん」 ふと目を開くと、薄暗い中間接照明に照らされたコナン君の姿があった。夕食後ゴロゴロしようという彼に寝室へ連れられ、ベッドに寝っ転がったんだった。 「ごめんね、起こしちゃった」 「いや……いまは」 「まだ夜だよ」 「そうか」 「ここで本読んでていい?」 コナン君はベッドの縁に座って、大きく分厚いハードカバーを開いて膝に乗せている。 「かまわないが……もっと、あかるいところが、いいんじゃないか」 なんだか呂律が回らない。 「この本重いから」 「なら、おれが……」 代わりにリビングまで持っていこうかと起き上がるつもりが、体が動かなかった。いつものように重くはないのに妙だ。 「いいよ、まだ寝てて」 「べつにねむくは……」 「赤井さん。――目を瞑って」 小さな手が被って、彷徨わせようとした視線が塞がれる。それから言われたとおりに瞼を下ろせば、思った以上にすこんと意識が飛んだ。 |