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「退院したらお兄さんのスバルにのせてよ!」 意識を取り戻したというので見舞いに向かえば、開人くんはそう言って笑った。俺が乗っているところを見かけて気になっていたんだと。 もちろんいいよ、とは答えたが、叶える気はなかった。今度は事故だのならないとも限らない。きっともう会うこともないだろう。見舞い品も何が地雷なんだか分かったものじゃないから持ってこなかった。 とりあえず顔を見に来ただけなので、それだけのやり取りをすると「またね」なんて大嘘ぶっこいて手を振り、別ルートでやってきたという子どもたちと入れ替わりで病院を後にした。 残ったのは車とそれに乗っていた保証書や銃器や、身につけていた貴重品、それから無駄に耐火仕様だったセキュリティボックスだけだ。そんなん開けれもしないのに残ってもな。 ひとまず適当なホテルにチェックインして、それらを少し弄ったあとベッドに広げて並べ、その横に転がってしばらくそのままで過ごした。 今頃ブルックリンのアパートは引き払って家財も処分されているはずなので正真正銘の家なき子だ。一緒にいてくれる柴犬もいないアラサー男なのが一層切なさを誘うな。人生何があるかわからんとはいえ、アメリカのおまわりさんから住所不定無職はちょっと落差ありすぎだろ。しかも死人だ。 赤井秀一は死んでいる。一応連絡があればジェイムズの指示に従って動くし協力するとは言っているが、もうFBI捜査官ではない。殉職扱いだ。 沖矢昴は生きてもいない。マスクをベリベリ剥がしてチョーカーを外してしまえばすぐに消える作り物でまがい物だ。端から存在しない人間だ。 諸星大もライももういない。じゃあ今ここで寝っ転がってるこいつは何なんだ――なんておセンチさんかよ。自分が迷子なのか。お客様の中に俺はいませんか。はいココです。いい年こいてこんなアホみたいなこと考えているのもだいぶイタいな。何やってるんだか。 不意に、狭い室内いっぱいに電子音が響く。 もらい物の白い携帯をパカリと開けば、通知はコナン君からのメールであることを示していた。 工藤邸にちょっと来いだって。了解、と返す。 『どうせ今は私達も新ちゃんもいないし、元々部屋はあまってるからいいのよ!』 「しかし……」 ホイホイ向かった先でコナン君に出迎えられたかと思えば、ここに住めばいいと合鍵を渡され、有希子さんからも後押しの電話がかかってきた。 木馬荘に移る前にもそういう話を持ちかけられてはいた。その時は流石にそこまで世話になるわけにはいかんと軽く断ったのだが、あのアパートが燃えた今、尚更じゃあありがたくとはいけない。図々しく居座った挙句次は工藤邸焼失ですなんてことになったら最早コナン君との約束を破って吊るしかなくなる。 『昴さん、家って誰も住まないとすぐ傷むのよ』 「それはそうですが」 『空き家管理だと思えばいいじゃない』 「それならば僕よりももっと適任がいるはずです」 『なんならバイト代も出すわ』 「もらえません」 『じゃあ次はどこに住むつもりなの?』 「これから探します」 『保証人は? 私以外にいる?』 「……上司に」 『秘密裡の来日だし、大事でもないのに会ったらまずいんでしょう?』 「……まあ」 『どのみち変装だってまだ私が見なくちゃいけないじゃない』 「ですが」 『ラチがあかないわね……し、コナン君に代わってちょうだい』 そう言われて代わると、コナン君はなにやら一度廊下に出てもじゃもじゃと会話をしてから、戻ってきてさっくり通話を切り、ソファにいた俺の隣にぽすりと座って携帯を返してきた。 そして少しの間のあと、響きのいい音を紡ぐ。 「迷惑だと思うくらいなら初めからやってないよ」 「発端がどうであれ状況による。ここは彼女の家族のための家だろう。ただの知り合いに貸してやる必要はない。きみもそこまで責任を負おうとしなくていい」 「ボクも有希子お姉さんもそうしたくてやってるんだし、優作おじさんだって新一兄ちゃんだって良いって言ってるんだから」 「正直言って今の俺では大した力にもなれない。既に支援を無駄にしているし浪費してばかりだ。これ以上俺に手をかけてもメリットはない。投資は引き際が肝心だ」 「……あのね、人を助けるのに理由なんてないんだよ。そりゃ、感謝されれば嬉しいし、困ったら力を貸してほしいけど、特別何か返してもらおうと考えてやるわけじゃないんだ」 何処かで聞いたようなセリフだ。 だがそれなら尚の事、彼らの人の好さにつけ込んで親切にあぐらかくばかりの疫病神男状態になる。後は自分で適当になんとかするし必ず礼はするからほっぽってくれ、と言ったら「わかった、しゃーねえ」と小さな声で独りごちるようにしたあと、ため息を吐かれた。つくづくめんどくさい男ですまん。 ぐ、とコナン君に袖を引っ張られて見下ろせば、えらく強い眼差しを向けられた。それから彼は、ねえ知ってる、と豆シバみたいに切り出す。 「水無怜奈からFBIに連絡があったんだよ、組織のメンバーの一人――“バーボン”が動き出したって」 ははあ。それは何か問題なのか? |