B-2

「そういうわけではないが……」

 明らかに困った声色で、彼は少し言い淀む。
 ライが”そういう”意味での狙撃を行うのを見たのは初めてだった。

 彼は僕が話している最中もスコープから殆ど目を離さないまま、動く目標に向かって細かな調整を加えながらも姿勢を維持し続け、命令が飛んだ瞬間、わずかな躊躇もなく、寸分の狂いもなく約三百メートル先にいる人間の脳幹を撃ち抜いた。
 彼が指をかけていたレミントンM700の銃身がはねた瞬間、その先を単眼鏡で確認すると、目標人物が何をすることも許されず絶命したのがひと目でわかった。その腕は確かで、感嘆に値するものだと思う。
 けれど、彼はその言を信じるならばFBI捜査官で。むしろそういった行為を取り締まる側の人間ではないのか。
 僕が、日常生活で銃を目にすることのない日本人だから、というのもあるかもしれないが。

「では、どういうわけなんです。どうしてそう軽く、人の命を奪ってしまえる」
「任務なのだから、仕方がない」
「仕方がない? あなた、僕が話しかけている最中も、ずっとターゲットを追い続けていましたよね。殺せと言われるのを、今か今かと待つように」
「指示があってから準備しているようでは遅いだろう。そんな人間を今後も使おうとは思うまい」
「だからといって……あんな」
「功績なくば奴らの懐に食い込むことはできないし、潔癖に拒否していては直ぐにスパイだと見破られる。そのために潜入捜査官はある程度の犯罪行為も已む無しとされているはずだ」

 もっともなことばかりだ。そのくらい、わかっている。わかっているのだ。
 僕だって、人命を損なうまではいかないものの、既に組織の一員として犯罪を犯している。
 ただ。

 ――スコッチを救ったその手で、たやすく他の生を摘む。

 その仕打ちが、どうしても納得できなかった。
 慰めの言葉に噛み付いたって、どうしようもないのに。

「…………」

 僕が歯噛みしていると、ライは黙って、手早く道具をしまい、ライフルを仕舞ったケースを背負った。
 換えのスコープや工具などの道具を含め、最低でも5kgはあるそれを持つのはいつも僕の役目だ。それが今、僕の手元には、単眼鏡ひとつだけ。
 未だ完治には遠い傷を負っているくせに、少しだけ鈍い動きで、なんでもないように出口へと向かって歩いて行く。


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