05

 スナイパーだからといってそうしょっちゅうしょっちゅう暗殺してるわけでもなく、任務は組織の人間が取引を行う際の護衛や脅し役のほうが多い。
 そして、まだ全快とは言えないし、ライフルを構えスコープを覗いている間はどうしても無防備になるので、周囲の警戒や足役を兼ねた補助としてバーボンがそばにいる。別に観測手役というわけではないが取引現場が気になるのか、バーボンは時折、警戒を怠らない程度に単眼鏡を覗いていた。
 相変わらず態度はそっけなく、居心地が悪い。これなら以前死んでしまった男との任務のほうが気が楽だった。

 しばらくするとインカムから指示があり、ターゲットの足元に威嚇射撃として一発お見舞いする。
 狙い通りちょうどコンクリートの汚れに当たったが、現場にいる幹部の男からは遊ぶなと怒られ、バーボンには眉を顰めながら「相変わらず気持ち悪いぐらい精密な射撃ですね」と言われた。癒やしが足りない。


「……あれから、彼はどうですか」

 バーボンが、ポツリと尋ねる。
 彼、というのはこないだ自殺しようとしたスコッチのことだろう。

「無事証人保護プログラムを受けるに至ったという報告は受けたが、その先は知らない。そんな情報、俺が持っていないほうがいいだろうしな」
「そうですか……」

 スコープから少しだけ目を離し、ちらりと様子を伺うと、バーボンは、安堵したような気落ちしたような、複雑な表情を見せていた。
 こちらに視線はよこさないので、俺も再びスコープの向こうを見据える。

「証人保護プログラムを受ける前……一度だけ、電話をしたんです」

 もちろん、盗聴のないよう媒体にも、内容にも配慮はしましたが。
 バーボンはそう前置きをして、少しの間のあと、また口を開いた。

「ほとんどは他愛もない話でした。最後のおしゃべりになるかもしれませんからね。それなりに長い間、いろいろと話した後、もうそろそろおしまいだというときに、スコッチは何気なく、『お前だと思わなかった』と言ったんです。最後に会ったあのとき、あの屋上にやってきたのが、という意味で。
 ――では誰だと思った? 自らがスパイであることが組織にバレたと知った後に、自分の元へ駆け上がってくる足音を?」

 心なしか、その声は震えていた。
 少しの物音がして、体への陽の光の当たり具合が変わった。恐らく、バーボンが隣に座り込んだんだろう。そう思いつつも、三百ヤード先の取引をじっと見守る。
 幹部の向かいに立つ初老の男性が、ヘコヘコ頭を下げながら、スーツケースの中にぎっしり詰まった現金を見せていた。本当にそんな方法でいいんだろうか。不用心じゃなかろうか、と少し気になる。一般人に見られたらどうするんだろうそれ。

「発砲のタイミングが物語っている。あのときスコッチは慌てて自身に引き金を引いた。足音を聞いて、裏切り者の己に制裁を下す人間がやってきたんだと思ったから。そのとき、身一つならまだしも、自分や家族はおろか、僕たち仲間や国の重要な情報へたどり着くことのできる携帯が、組織の人間の手に渡ってしまうと危惧したから。これからやって来る、足音の人物に。

 ――僕が、スコッチを殺そうとしたんだ!」

 加害者意識すごいなこいつ。
 そのうち生きててすみませんとか言い出さないだろうな。

 若干空気がしめっぽい。
 返答に困っていると、スコープの向こうで取引相手である初老の男性が背を向け歩き出すのが見えた。その彼が車に乗り込もうかという時、インカムから「やれ」との声が聞こえ、返事をするより先に引き金を引く。
 ダン、という音と反動が体を震わせた。サプレッサーはついているが、吹き出す銃弾の空気抵抗により、それなりに音はする。
 なんとなく、このまま何事も無く解散というわけにはいかなそうだと照準は合わせ続けていたため、放たれた弾丸はしっかり頭部に命中した。傷の治りきっていない右掌が少しだけ心配だったが、制御に問題はなかったようで一安心だ。
 指示した男は軽く死亡を確認すると「もう退いていいぞ」と言いさっさとその場を離れてしまう。隣からも、息を飲むような音は聞こえたが言葉はない。
 ……ヘッドショット、ビューティフォー。
 誰も褒めてくれないので心の中で自画自賛する。虚しい。以前組んでいた男は時に皮肉を込めながらもなにかと褒めてくれていたのに。なんだかんだ良い奴だったんだなとしみじみ思った。名前も覚えてないけれど。
 それにしてもこの夢の中での俺は、本当に面白いほど狙撃が成功する。
 現実でやったFPSで芋砂と叩かれナイフキルされたのがそんなに悔しかったんだろうか。

 とにかく護衛対象も攻撃対象もいなくなってしまったこの場にもう用はない。さっさと帰ろうと立ち上がり、薬莢を拾い、ライフルを片付けながらバーボンの方を伺う。
 先程から棒立ちで、何やら険しい表情である。

「……もう少し、肩の力を抜いたらどうだ」

 バーボンの眉がピクリと跳ね上がった。
 少しでも場の空気をほぐそうとの言葉だったのだが、どうやら失敗した模様。

「肩の力を抜いて? あなたはそうして、人間に向かって気楽に引き金を引いているんですか?」

 わー、辛辣ぅ。


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