たったひとつの言葉を 9


「…うそだ……」

「嘘じゃねぇ」

「だってお前は…っ」

「なに」

「お前は」

考えろ、考えろ土方十四郎。
言葉の裏に隠された本当の意味を。

(考えろ!)

土方はまともに動かない頭を動かそうと必死に集中しようとする。
が、考えようとすればするほど思考がまとまらない。
目の前にいる銀時に思考が奪われ、言われた言葉ばかりがぐるぐると頭の中を回った。
真っ黒い瞳が揺れるのを見ながら、銀時は肉厚な唇をゆっくりと動かす。

「……お前から電話もらった日、帰ってから神楽に聞いてすぐかけ直した。でも、お前はでなくてよ」

「でん、わ?」

「また後でも良かったんだけどよ、すぐ連絡とりたくてお妙からゴリラの番号聞いてゴリラに電話した」

「…あ」

銀時から電話があったと近藤が話していたのを思い出す。
あの電話はこのことだったのか。
土方は有事の際に遅れがないよう、近藤にはある程度の所在を伝えてあるため確かに近藤に聞けば土方の居場所は大抵わかる。
幕臣とでかけるとなれば、居場所の確認はなおさら神経を使っている。

「数件の料亭の名前と、吉原に、行ってるんじゃないかと聞いて、時間的にも吉原にいるような時間だったからよ」

「それで吉原に来たのか」

「まさか仕事のてめぇを追いかけたりはしねぇよ。まぁ、なんつうか、あそこには少しばかりの縁があってよ。野暮用思い出して吉原の人間に連絡入れたついでに、その、聞いてみたんだ。お前と一緒にいる幕臣のこと」

「はぁ?なんでンなこと聞いてんだよ」

「気になったんだよ。いいだろそんくらい聞いたって」

そこで銀時は刀を押さえていた力をフッと抜く。
それから土方の隣にドカリと腰をおろした。
土方ももう斬りかかる様子もなく、解放されたその刀を鞘に納めてソファーに立て掛ける。

「幕臣の上客にもなりゃある程度の情報は記録されてるだろ。女好きの助平親父とか、すぐ女の子に変態プレイを強要する危険人物だけどはぶりがいいとか」

「……なんか色々と最低だな」

「そ。最低の人物っていうのだけ聞けりゃ良かったんだ。そうすりゃ安心だろ」

銀時の言う安心が一体なにを言っているのか土方にはわからなかったが、話の腰を折りたくなくてそこは聞き返さずにさらりと流す。

「でもよ、蓋をあけてみりゃ接待に使いこそすれその行いは品行方正。女には目もくれない男ときたもんだ」

「商売女に手をだすほど乾いてなかったっつぅことだろ」

「ちげぇよ。プロの女の目から見てまるっきり興味がない。はっきり言ってたけど、あれはそっちの人間だってよ」

刹那、あの朝の風景が頭を過った。
ダブルベッドの上、二人並んで目覚めたあの朝の出来事。
途端背中を悪寒が走り抜け、ぶつぶつと肌が粟だった。

「いやいやまさか…」

「お前もう俺の知らねぇところで酒呑むな」

「はぁ?なんで急に話がそっちにとぶんだよ!」

「あれを覚えてねぇなんてどうかしてんだよ」

「あれ?」

「お前襲われてるんだぜ。それも覚えてねぇんだろ」

まさに、そんなものは寝耳に水だった。
いつ。
一体、誰が、誰に、襲われたというのだ。

「…なんか幻でも見たのか?」

「見てねぇよ」

「体温計あるか」

「いたって健康ですが」

まるっきり信じられないといった土方の様子に、銀時はわざとらしいくらいの大きなため息をついた。
それがいささかしゃくに触ったが、いかんせん反論するにも記憶がすっぽ抜けているせいでどうにもできない。
あの人が男色で、しかも自分が襲われただなんて。
普通こんな男じゃなくて(見た目に関しては)総悟のような可愛らしい少年のような同性を好むのではないだろうか。

「ありえねぇ」

「ここ」

そう言って銀時が示したのは首筋だった。

「ここ?」

「次の日、赤い痕、あったろ」

「……………」

あった。
確かにあった。

「でもあれは虫刺され…」

「そうそう、でっけぇ雄のな」

「―――――」

嘘だ。
そう言いたかったが、思い返せばあれは…確かに今しがた坂本につけられたこの赤い痕に似ている。
サアァァっと土方から血の気がひいていった。
ということは、つまり、あの記憶のない時間に自分はあの人に手込めにされそうになっていたというわけか。
それを察した土方はクラリと目眩さえ起こした。

(えぇぇぇぇマジかよぉぉぉ!)

男としてなにか大事なものを失った気がする。
しかも、あんな信頼をおいていた人に。

(いやまぁ確かに同じベッドにいたときはちょっとあれとは思ったけれども)

それにしても、よもやそんな目で見られていたとは。

(………あれ、でも…)

「なんで万事屋がそんな事知ってんだ?それに、あれだ、その…けっ、きょく、赤い痕以外には、その…体の違和感、とかもねぇし…」

「…………」

そうなのだ。
つまりそれは未遂ですんだということ。
吉原の奥の間であれば『そういうこと』への準備もされていたに違いない。
酒も入り一時であれスイッチが入ったということは最後までいっていてもおかしくはない状況だったということだ。
いやむしろいく。
男は急に止まれないということは、男の自分にもよくわかる。
そんな疑問も銀時は信じられない一言で一蹴した。

「そんなの俺が助けたからに決まってんだろ」

「へぇ。あ、なるほど」

あまりに普通にさらっと言われたことで一瞬流しそうになってしまったが、

「……って、なるほどじゃねぇぇぇぇ!」

土方は寸でのところで踏みとどまった。

「てめぇさっき仕事中の俺なんか追って吉原になんか行かねぇつってたじゃねぇか!」

「そりゃそうだろ。でも男に狙われてるとなっちゃお前すぐヤられそうだし」

「ヤられねぇよ!」

「いやいやヤられそうだったろ。俺が行かなきゃ完全にヤられてた」

「そ、そんなわきゃねぇ!」

「あるある」

「だってそれは、酔っぱらってたからで、あれは、油断してたっつぅか、素面ならありえねぇ!」

「でもお前素面じゃなかったし」

「ぐ、あ…う…。んとに……かよっ…」

「あ?」

「ホントにてめぇが来てくれたのかよ!」

「うん」

「――――っ」

なんだこれは一体なんなんだ。
銀時から語られる話は土方にとって突飛なことばかりで頭の整理がついていかない。
考えるよりも早く体が反応して顔が熱くなってゆくのを感じる。
勘違いするな。
勘違いしちゃいけないどうせ馬鹿をみるのだから。
そう思うのに高ぶる気持ちはどうしようもなく、押さえつけることも容易でななくなってきていた。

(なんで…)

「なん、で…」

思いの外細い声がでて、土方は唾をのんで仕切り直そうと試みる。

(てめぇがそんなことをしてくれてんだ)

聞きたい。
聞きたいが、これを聞いたら淡い希望さえも打ち砕かれるかもしれない。
気色悪いと言われたのは事実なのだから。

(でも、)

でも。
もしこいつが言ったことが本当だとしたら。

(―――その続きが知りたい)

じりじりとした緊張感が肌をこがす。
自分を護るためなら聞かない方がいい。
そうに決まっているのだ。
だけど胸の奥から湧き出るものが、理性を押し込めんと自らの背中を押してくる。
なぁ、俺は一抹の希望を持ってもいいのか。
土方は胸の中で期待に揺れながら、銀時をまっすぐ見詰める。

「なんで、来てくれた」

「…………」

「どうして来てくれた」

ゆっくり問い直すと、場に緊張の糸が張り巡らされた。
自分の緊張ではない、銀時の緊張が空気を伝って土方に触れる。

「………んなの、てめぇに惚れてるから…」

って言ったら、お前はどうする。

冗談にはつくろえきれない笑みが、銀時の口許に浮かんだ。

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