たったひとつの言葉を 10


全身から力が抜けてゆき、まるでジェットコースターで無重力を体感したような感覚にみまわれた。

「俺はお前に惚れてる」

もう一度繰り返されたその言葉がふわりと宙に浮く。
土方はただただ呆気にとられた様子でぽかんと銀時を見つめている。
返す言葉が見つからないどころか、何を言われたかさえわかっていないようだ。
武装集団の副官とは思えぬ間抜け面だ。
土方が何も言えないまま時が過ぎ、前の通りを車が通る音がやけに響いた。
遠くの方で救急車のサイレンが鳴り響き、どこかへと走り去ってゆく。
そんなものを聞きながら秒針はどれほど動いただろうか。

「さすがにずっと黙ってられんのはきついんだけど」

沈黙に耐えきれなくなった銀時が苦笑混じりに呟いた。
それを受けて、土方の唇が微かに動く。

「……もっかい、言え…」

「え」

それは酷くか細く、意外な返答だった。
もう一回。
もう一回言うのか、あのこっぱづかしい台詞を。
一回言うだけでも一斉一代の気力を振り絞ったというのに。

「もう…いっかい…?」

確認すると小さく。
本当に小さく土方の頭が縦に揺れる(揺れるというか微動)。

「〜〜〜〜〜〜っ、」

冗談はやめてくれ、これ以上言わせるんじゃねぇよ。
そう言ってやりたかったが、依然呆ける土方を前にそんなことはどうしても言えず。
自分の中で葛藤し「ええいままよ!」と己を鼓舞した銀時は三度その言葉を口にした。

「耳の穴かっぽじってよく聞いとけよ!土方十四郎、俺は、お前に、惚れてる!」

しかし、

「うそだ」

返された答えは実に無情な一言だった。

「…………は?」

「うそだ!おまえがおれにほれるわけない!」

「おまっ…人に恥ずかしい台詞言わせときながら何言ってんだ!」

「だっておまえおとこどうしはきしょくわるいっつったじゃねぇか!!」

「あああれは言葉のあやだろ!つぅか…あれはっ、あれだ!てめぇがあの野郎を庇ったりすっから!」

「さっきもきしょくわるいからだはやくかくせっつったろ!」

「それもあれだろ!あれ!お前の体じゃなくて…!」

「じゃなくてなんだよ!」

「たっ……たつま、の、痕に、腹がたったから…!」

「たつまってだれだ!」

「坂本さんだよおぉぉぉ!!」

動揺からか土方の呂律がどこか怪しい。今にもかみそうになりながら、頭を振って必死に否定をしている。
一方の銀時はなんで俺ばっかりこんな恥ずかしい事言わされてんだ。
あれ、これってふられてる?
やっぱりふられてるのか俺。おいこら毛玉、人に期待させておいてどうしてくれんだよおぉぉぉと、思考が後ろ向きに回転しはじめていた。

「てめぇふざけんな!よくそんなでたらめっ…だいたいおまえがおれにほれるようそなんてひとつもねぇだろ!」

「うるせぇでたらめなんか言ってねぇよ!俺だってなんで惚れてんだかわからねぇよ!てめぇみてぇな男の中の男的な、かったい体の野郎のことなんか!でもお前に惚れちまったんだから仕方ねぇだろっ」

ここまできたら、もう勢いとやけくそだった。
銀時はがっと土方の両肩を掴み、吸い込めるだけの空気で肺を満たす。

「好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだあぁぁぁぁぁ!!」

「うわあぁぁぁやめろやぼけぇぇぇぇ!!」

「ふざけんな認めろ!俺の……くそっ、受け入れろよ!」

「しねうるせぇきたいすんだろ!しんじちまうだろうが!!」

「信じろよ!」

「しんじたあとにばかにすんだろ!おれがてめぇにほれてるのしっててわらうためにおとしいれようとしてんだろ!!」

「暗れぇよ!なんだその考え方!俺はお前に本当に惚れて――――っ」

勢いに任せていた銀時が、ハッとしたようにその口を止めた。
それからゆるゆると紅い瞳が見開かれてゆく。

「……今、なんつった?」

「しんじたあとにばかにすんだろ!」

「違うその後」

「わらうためにおとしいれようとしてんだろ!」

「お約束のボケかてめぇ!違うその前!」

「おれがてめぇにほれてるのしっ……」

途中、土方もハッと瞳を見開いた。

「今、俺に惚れてるっつったろ」

「い…言ってねぇ…」

そして口許を両手で抑えるが、そんなことをしても一度口をでた言葉は取り返せない。
血の気が引いた様子で銀時と目を合わせることもできずに、視線を泳がせている。

「言った。確かに言ったぞお前」

「言ってねぇ」

「言っただろ」

「言ってねぇ」

「俺は確かにこの耳で聞いたぞ。なんでそんな頑なに否定すんだ」

「……………」

「期待しろよ、信じろよ。なんとも思ってねぇ野郎の逢い引きをわざわざ邪魔しに行くほど俺だって暇じゃねぇ」

「逢い引きじゃねぇし」

「突っ込み入れる余裕はあるんだな」

「……………」

銀時が触れる肩にジクジクと熱がたまる。
本当は今にも抱きついて喜びを露にしたいくらいだった。
でも、土方には銀時の言葉を信じるほどの自信がない。
嘘みたいな展開はまるで自分のご都合主義で、どこかに沖田か神楽あたりがドッキリの看板を持って潜んでいるんじゃないかという疑念が拭えない。
自分がこの男に惚れてもらえる意味がわからないのだ。

「土方」

「っ、」

真っ直ぐに呼ばれた名前。
それが素直に嬉しい。
感情は歓喜に溢れている。

(よろ、ずや…)

「俺は…」

(万事屋。万事屋、万事屋)

ギュッとつぶった瞼の裏には「お前に惚れてる」とはっきり言った銀時が張り付いていた。
間近に迫る体温に心拍数が上がる。

「……俺、の、惚れてる、は…、お前のとはちげぇ」

「違う?」

「俺は、お前と接吻したいと思ってる。おめぇと抱き合いてぇと思ってる」

だから、もう

「期待させるな、揺さぶるな。……気色悪いこと言って悪かった」

絞り出したなけなしの勇気だった。
心のどこかで期待していなかったと言えば嘘かもしれない。
でも、喜びを感じるほどにキリキリと胸が痛むのも事実で、その苦しさからもう逃れたかった。
俺もお前が好きだとぶちまけたい。
が、疑念がそれを止まらせる。
もう今は自分の気持ちは隠すのも難しく、少しでも吐露させなければパンパンに膨れて破裂しそうだ。
だがせめて、男に惚れた情けない男だと露呈させても、無条件で鵜呑みにする馬鹿な男にはなりたくなかった。
だから、

「俺のとお前のはちげぇ。もう、言うな」

土方は銀時の告白を頑として拒む。
が、次の瞬間、唇に柔かな感触が触れた。
眼前には銀時の閉じた瞼だけが映る。

「―――――――」

土方の唇に、銀時の唇が重なった。

- 15 -


[*前] | [次#]
ページ:




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -