たったひとつの言葉を 7


見かけた?
その口ぶりからしてつい今しがたのことなのだろう。
しかし土方はまったく坂本の存在には気付かなかった。
一体いつこの人は自分を見かけたと言うのだ。

「ここから二つ向こうの路地裏で」

「………あ」

何か言いたげな土方の疑問を察して坂本が答える。
言われた事に思考を巡らせばすぐに心当たりが出てきた。
ここへくる前、立ち往生していたあの路地裏。
あそこにいるときに坂本が近くを通ったなどとは全く気付かなかった。

「声をかけようと思ったけど、何か思い詰めた顔しよったからやめておいたき。でも、なきあがな所にいたのか後からよおよお考えてみれば、……土方くんは金時の所に来ようとしよった。それしか思い当たらんかった」

「なんで…そう思ったんですか」

「こないだ偶然三人で会った時があるじゃろ。その時とぶっちゅう顔しよったから」

「ぶっちゅう顔?」

「ああすまんすまん、同じ顔ゆう意味じゃ」

「それどんな顔ですか」

坂本は土方の問いには答えずにっこりと笑みを浮かべる。
ずり下がった遮光眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げて、レンズ越しに二人は見やった。

「…しょうまっことわかりやすい子じゃ」

わかりやすくてたまるかと悪態を返したいところだが、土方はその一言が言えずに喉に絡まる。
馬鹿にするような口調ではない。慈愛を含む坂本の様子に、土方はどう返していいかわからずに気まずげに視線をずらす。
坂本は苦笑とも思える表情を見せ、話の先を進めた。

「くだを巻く金時を見ながら百聞は一見にしかずと思っての。土方くんがここへ来るなら見せてやろうと思ったき」

「見せるって…」

「はっ、てめぇの悪趣味も大概だよな」

突如、沈黙を守っていた銀時が口を開いた。
珍しく苛々とした様子を隠す素振りも見せない。
それは相手が昔から馴染みの男だからその必要がないからなのか、それとも話の流れからそれも出来ないだけなのか、土方にははかりかねる。

「あそこまでする必要ねぇだろうが」

「でもそれでハッキリしたじゃろ」

「それとこれとは話が別だろ!お前も黙ってねぇで怒れよ!いいのかそれで!!」

「え、あ…俺か?」

「だあぁぁぁぁ!!そうだよお前だよ副長さん!なにボケッとしてんだお前以外に誰がいんだよ!」

いきなり話をふられた土方はキョトンとしたままだ。
まさかこっちに火の粉がかかってくるとは。

「なぁお前って誰にでもそうなの?襲われてもそんな普通にいられんのかよ」

「む。襲われてなんかねぇよ」

「襲われてたろ!今!ここで!あの毛玉に!」

「あはは〜、さっきから気にしてたけど毛玉はやめろ金時」

「ああああれはちげぇ!襲われてなんかねぇよ!」

「馬鹿か!馬鹿なのか!あれはどう見ても襲われて…っていうかさっさと服を整えろよおぉぉぉぉ!!」

立ち上がらんばかりの勢いの銀時はついに乱れきったままの土方の隊服が気になって指摘を入れる。
とはいえ下はちゃんと整えたし、シャツが乱れただけの姿は土方にとってそんな気にするところではない。
なんでお前にそんな事言われなくちゃいけないんだ、そんなに見たくないなら見なきゃいいだろと傷つく半分ムッとする。


「……やだ」

「は?」

「ンなの俺の勝手だろ、酒呑んで暑ぃんだよ」

別に暑くはない。
暑くはないのだが、やけにムカムカとしてきた土方は銀時の言うことを聞くのがしゃくで無意味に逆らった。

「お、おまっ…」

「で、坂本さん。何を見るつもりだったのか教えてください」

口をはくはくとさせる銀時を無視して土方は先を促す。

「先進めていいの?」

「どうぞどうぞ」

「てめぇ俺を無視すんじゃねぇよ!」

「うるせぇ黙れ白毛玉」

「けだっ…」

明らかにコンプレックスの天然パーマを揶揄されて、銀時の片頬がヒクリと上がる。

(こ、このサラ艶ストレートがあぁぁぁ!)

もはや悪口ですらない。
そんな痛くも痒くもない悪態(?)をついて、銀時は怒りにふるふりと震えた。

「マジでいい加減にしろよ!調子乗ってんですかコノヤロー」

「はぁ?俺がいつ調子に乗ったよ」

「乗ってるだろうが今。お前の思考回路がどうなってんのかを疑うね。てめぇの図太い神経じゃなにが起きようが平気だよなぁ」

「なに怒ってんだ」

「怒ってねぇよ」

「怒ってるだろうが。怒りてぇのはこっちの方なんだよ」

「なら表でけりつけるか?あ?」

「やだよ面倒臭ぇ。酔っ払いになんか付き合ってられっか」

「誰が酔っ払いだ」

「てめーだ」

「誰が酔っ払いだ!」

「あああ!うっせぇ!いい加減にしろや!!」

「誰が酔っ払いじゃあ瞳孔マヨネーズ!!うっせぇのはてめぇのほっ…」

「俺は続きが聞きてぇんだよ!!」

立ち上がった銀時の胸ぐらを荒々しい手つきで土方が掴み上げた。
ぐっと喉元がしまり息がつまった銀時は一瞬目を細め苦しげに眉を寄せる。

「なにすんだてめぇっ!」

「俺は続きが聞きてぇんだ!」

恫喝まじりに反対に土方の乱れた胸元に手をかける、が、至近距離で射抜かれた土方を見てその勢いが怯んだ。
きつく上がる眉の下。
そこは喧嘩をする男のそれとは違う。

「…ひ、じ…かた…」

「もうこれ以上先伸ばしにされんのは、御免なんだよ」

土方が銀時から体を離すと胸元にかかった銀時の手はスルリと離れた。
改めて坂本に向き合い、

「すいませんお見苦しいものを見せて。よければ、続きを」

一言沿えてソファーに座る。
しかし坂本は話し出すかと思いきや、土方とは反対に立ち上がった。

「もう、続きはないきに」

「え!」

「金時、聞きたいことは聞けたじゃろ。土方くんはわしの頼みを断った。あとはおんしがなんらぁする番じゃ」

番もなにもてめぇが勝手に首を突っ込んできたんだろうがと、銀時は声にださずに呟く。
面白くなさそうにガシガシと後ろ頭をかく男を横目に、坂本は躊躇うことなくテーブルに放ってあった財布をズボンのポケットに押し込み踵を返した。
それに面を食らったのは土方だ。

「ちょっと待ってください!」

その制止に答えて坂本は振り替えるが、にこやかな表情からはなにも読み取れない。
だがこれ以上何も話すつもりはないことだけは伝わってくる。
土方に焦燥が走る。
全てを明らかにしてもらえないことも、今、ここで銀時と二人きりにさせられることも、どちらも自分の本意ではない。

「坂本さん…」

「ほがな顔で見ちゃいかんがや、またムラムラしてきちゅう」

「ムッ…」

「土方くんがめっそうにも色っぽいからわしもすっかり本気になってしまって、もし金時が縄脱けできんかったら土方くんば食っちょった。やぁ〜、雄は恐いのぉ」

「…………」

「……金時に感謝せんとね」

「……俺、まだ聞きたいことが」

「それは本人に聞くといいき」

そんなの無理だ。
だって自分にはそんな度胸も資格もない。
そう言いたいのに優しげな坂本を前にそれは喉から出てこなかった。
どこまで冗談でどこから本気かわからない食えない男だが、どうにも悪い印象を抱きづらい。
あんな目にあったにも関わらず、だ。
無言で諭されるまま、土方は坂本を引き留めるのを止めた。

「金時」

「あ?」

「もういい加減、この顔見ればわかるじゃろ」

言われて銀時は土方の横顔を盗み見た。
それに気づいた土方がそちらを見、ふと目が合うと銀時はそらすでもなく死んだ魚のような目で土方をしっかりと見つめる。
予期せぬ視線に戸惑う土方は睨むように銀時を見返した。

「……………」

「……っ、ンだよ…」

「……………」

ああ、そうだな。
そう胸の中で答えて、銀時は不意に笑みを作る。
土方の心臓がドキリと跳ねた。

「うっせぇ毛玉。さっさと行け」

「じゃあ白毛玉。また遊びにくるきに」

「白毛玉言うなや!」

「じゃあ土方くん、人肌寂しくなったらいつでも連絡してくるぜよ」

「は?」

「いいからてめぇはとっとと行けやぁ!!」

銀時の罵声をあびながら、ケタケタと笑う坂本は颯爽とその場から姿を消す。

「ったく、あの野郎…」

静かになった万事屋に小さく呟いた銀時の声が響いた。
ガラガラと玄関の音が鳴ったあと、下駄の音と調子外れの鼻歌がゆっくりと遠ざかってゆく。
それがすっかり聞こえなくなっても、土方はじっと動けずにいた。
銀時はその間も目の前の杯に酒を注ぎ、二つの猪口を満たした。
そこまでしたあと、しばらく動かない土方に合わせ何も言わずに時だけを過ごしたが、ついに銀時は二つの猪口を手に取ると片方を土方に差し出す。

「まぁ、呑もうぜ」

「あ……」

「もし俺に聞きたいことがあんなら」

ザアァァァァァ
今まで聞こえていなかった雨の音が、突如鮮明に響きだした。
打ち付ける雨音がひたひたと迫る。

「なんでも聞けよ」

「――――――……」

ザアァァァァァァァ

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