たったひとつの言葉を 6


銀時から直接聞かされたその言葉は、まるで鈍器か銃器で襲うかのように土方を打ち付けた。
わかってはいても、堪える。
目の前が真っ暗になってくらりと目眩を覚えるほどに。

「……はっ…そうかよ…」

「だけど違う。そういう意味で言ったんじゃねぇ」

「ちがう?」

「そうだ、俺は…」

「どう違うってんだ」

「副長さん」

「下手な言い訳なんざ聞きたくねぇ。てめぇは俺をそう思ってる。ただそれだけの事だろ」

「違う」

「なにが違うってんだ!」

「俺はお前が心配だったんだよ!!」

声を荒げた土方の勢いを上回るくらいに、銀時は珍しく声を上げた。
その時に掴んだ土方の肩にグッと力を入れて、逃がすまいとするかのように指先が食い込む。痛みでわずかに土方は眉を潜めた。

「つっ…」

「あー…」

銀時は気まずげに言葉を濁すと、遠慮がちに土方をちらりと見やる。

「その…お前、よ、視界にちょろちょろ入ってくんだわ」

「は?」

「てめぇの事なんか気にもしたくねぇし見たくもねぇのに入ってくんだよ。マジなんなのお前」

「っふざけんな!ンなのてめぇが勝手に…っ」

「違うにかぁーらん、単にヤキモチ妬いちょったがって素直に言いやー」

「うっせぇ毛玉!いいからてめぇは黙ってろ!!」

肩にかかる手を振りほどこうとすると、その前に横からちゃちゃを入れてきた坂本にその勢いを削がれた。
銀時が一喝するも、クックと笑う男は一度や二度噛みついたところで込み上げる笑みが収まりそうにない。

「黙ってたらおんしらまとまるものもまとまらにゃーて」

「は?なに言ってんですか」

険悪なまま首を傾げた土方を見、坂本は優しげににっこりと笑みを作った。
無害そうなその笑顔で相手の警戒心を解きほぐそうとするように。
しかし坂本が一歩近づくと土方が緊張したのが触れる指先から銀時に伝わる。

「いいこと教えちゃる」

「いいこと…ですか?」

「そうじゃ、土方くんば喜ぶこと教えちゃー」

一歩近づくごとに強ばる体。
あんな事があった後だ。
うわべには平静を装っているが、それは当たり前と言っていい。

「俺がですか?」

「…………」

「んーまずどっから話そうかの」

「おい」

「どうした金時」

「お前はこっちに来るな」

「ほがなつれんことゆうなよ。とぎ外れは寂しいじゃろ」

「いいから来るな」

銀時の口調はのらりと抜けているようで厳しく、圧がかかっている。
それがわからない坂本ではない。
互いにその視線をぶつけ合い、しばしピリッとした空気が流れた。
ついにはいつになく真剣な様子に坂本は肩をすくめ、やれやれと苦笑混じりにその歩を止めた。
仕事用の机まで戻りどかりと椅子に座ると「つまり」と話を切り出す。

「酒を手土産にわしがここに来ると金時はすでにできあがってて。土方ぁ言いながらくだをまいちょった」

「て、おい!お前何話すつもりだよっ」

「いいから金時は黙っちょれ。わしは土方くんに話てるのやき」

「にしたってそりゃ俺の話だろうが!」

「うっさいのぉ。男なら黙ってかまえるくらいの器を持て。土方くんも聞きたいじゃろ」

話は読めない、が、坂本が提示した単語は土方の興味を酷く引いた。
しかし聞いてどうなると頭の隅では酷く冷えた自分もいる。
もうどうでもいい。
そんな無力感や脱力感、そしてこれ以上無意味に傷をつけたくないという防衛本能もあった。銀時を盗み見たい気にかられたが、それも、はばかられる。

「……………」

もう踏み込みたくはない、傷つきたくはない。
無意識に強く思うが、
胸によぎる、自分の背中を押してくれた数ある言葉。
坂本が何を言うのか恐怖と興味を天秤にかけて迷った後、土方は、小さく首を縦にふる。
それを見た坂本は満足そうに頷き、ほれみろと銀時に投げ掛ければ銀髪の男は苦虫を噛むような顔でスッっ立ち上がった。

「好きにしろ」

忌々しげにそう言うと、土方とは向かいにあるソファーに腰を埋める。

「好きにするき」

とまどう土方を気遣うように、坂本はゆっくりと話とやらを語りだした。
土方が来る、ほんの30分ほど前の話だ。

「旧友と楽しく飲はやと思って来てみれば、中におる金時は泥酔しよった。さっきもゆうたが、土方ぁ言いながら酒を煽っちょったが。よおよお話を聞いてみようとすれば、あははっ、いい大人が謝りたいゆうて半べそかいてるもんやき見物じゃった」

「ありえねぇ」

土方は意識せず、話の終わりを待たずにそう呟いた。
この男が一人の時に自分を思い出すものか、酒を煽れど間違っても半べそなどかくものか。
坂本が言う一から十全てが現実離れして、あり得ないと思った。
だってそんなことをこの銀色の男がするはずがない。
自分は嫌われていて、嫌悪されていて、男にとってどうでもいい存在なのだから。

「……でたらめ、言うんじゃねぇよ…」

「でたらめがやない。こがなげに躓いてたら後がおおごとちや。のう金時」

銀時に目をやれば不機嫌そうに肘掛けに肘をついて、そこへ顎をのせてそっぽを向いている。
もうこの話題には割って入るつもりはないらしい。
ただじっと耐えて終わりがくるのを待っている。

「酷いことをゆうた。絶対に嫌われたって繰り返したと思ったら、次はあいつは責任感が強いから。あいつは自分が決めたもがを護る為なら自分がどがーに傷つこうがかまんタイプやき。自分をないがしろにしてしまう男やき」

だから、心配なのだ。と。

『誰に相談もせずに一人で抱え込んで、誰にも見せずに墓場まで持っていこうとするだろ。近藤や組の為になら』

『娼婦の真似事も』

『売女のようにやってのける』

『どんなに自分が傷ついても人の為にはいとわねぇだろうあいつが…俺は、あいつが…』

そう繰り返す銀時に、坂本は土方くんはそんな真似はしないと繰り返し言ったそうだ。
確かに、追い詰められればそのくらいのことはやってのける男だと坂本も感じてはいた。
そして懇意にしている幕臣から土方という男がどれほど人を惹き付けて、その体を狙っている輩がどれほどいるかも聞かされている。
しかし今銀時が求めているのはそんな言葉ではないとわかっていたから、坂本は『土方くんは処女じゃ。絶対そんなことはしない』と繰り返した。

『それに』

宥める坂本をよそに、銀時は言葉を重ねる。

『あいつは変なところで無防備なんだよ。天下の真選組の副長だけあって、殺気だぁ危機察知能力だぁそういった嗅覚には敏感だがよ、あいつは自分に対する好意や色目には気付こうともしやがらねぇ』

気付けないのかもしれないが。
はたから見れば見え好いた相手の下心も、どこに目ぇついてんだともどかしくなる。
坂本もそれには覚えがあった。
例の幕臣の好意しかり、自分のあからさまなセックスアピールにもさしたる危機感もなく本気にとろうとさえしない。
自分が他人にどう映っているかを完全に見誤っている。
それにしてもこんな事でこの男が酒に逃げ場を求めることが珍しくて、坂本は驚きを隠せなかった。
そこにどういった背景があるかはわからないが、そんなにも土方という男が気になるのか。
それは一種微笑ましくもあり、第三者から見れば歯痒くもあった。

『あいつは誰にでも足を開いちまうんだよ、人の為になら』

やさぐれたように言ってはいるが、けして本心から言っているわけではない。
全てが全く思っていないと言えばそれはまた違うだろうが、よくあるだろう、誰かに否定してほしくてあえて言ったりすることが。
これもその類いであって、言うなれば誰かのモノになってしまっていた時の為の、自分への予防線。

「やき土方くん、めっそう金時を怒らきやってほしいんじゃ」

「…………」

思うところは多々ある上、今話されていること全てが信じがたい。
目の前の男が半べそなどかくものか。
いくら酒の力を借りたとしてもだ。
それに、

「人を処女だ娼婦だ、女みてぇに言いやがって…バカにしてんのか」

「うん、まぁ、ほれっちゃあ一理ある。けどバカにしてるわけがやないよ。ほりゃあ金時本人からゆうた方がいいと思うから黙っておくき」

誰に投げかけたわけではないが、本来なら銀時に向けられて言われたそれは坂本が受け取って返した。
しばし、気まずい沈黙が流れる。
その沈黙をものともしない坂本がニッと笑みを作ったかと思えば、突拍子もないことを口走った。

「ほきめっそうグダグダゆうから縄で縛って奥の部屋に放り込んだぜよ」

「・・・・・は?」

「実はここに来るしだで土方くんを見かけての」

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