たったひとつの言葉を 4
「やめてください!」
それを悟った土方は、今更になって全身で抵抗しようと試みた。
が、すでに不利な状況に追い込まれ、完全にマウントポジションをとられてしまっている。
グリッと中心をいじられて、ビクリと土方の体が跳ねた。
「気持ちいが?」
「ひっあ…っや、め」
「土方くん」
しかしいくら優勢であろうが、同じ男を押さえつけるのは至難の技だ。
一瞬でも気を抜けば土方は形勢を立て直そうとしてくるだろう。
暴れる土方を押さえつけながら、坂本はどうしたものかと方眉を上げた。
「のう、土方くん」
「はなせ!俺は…っ、男に掘られる趣味なん…あっんうっ」
ベルトを引き抜き、くつろげた前に左手を突っ込めばそこは緩やかな反応を示している。
さらに激しい抵抗をみせようとした土方だが、急所を握られてその動きが鈍くなってしまう。
「い、あ…はなせっ」
「わしのがくじゅうてくれたち、おんしの望む物なんちゃー持ってきちゃおー」
「あ?」
「それこそ宇宙の果てへもどこへでもさなぐして持ってきちゃおー。大筒も連射式散弾銃でも宇宙一のマヨネーズだって」
そう言って坂本は唇を重ねようとしたが、土方はさっと横を向いてその唇を拒否した。
苦笑を漏らし、それは耳の穴をなぞった。
土方の体がその温かなヌルリとした感触に反応してフルリと震える。
話の流れからして恐らく「俺のモノになるなら、お前が望む物なんでも持ってきてやる」そう言ったのだろう。
「じゃけど、」
「っ、」
楽しげで優しい声音の中に、一変して硬く異質なものが混ざった。
「……わしのがにならんなら、これまでの話も全部無しちや」
低く、脅しめいた声音。
土方は信じられない言葉を聞いてその瞳を見開く。
「なっ…!」
「のう、どうする?」
坂本の目に見てもわかるほど、一瞬だけ土方はその動揺を見せた。
話が無くなる。
坂本とは破格の値段と質で話を進めていた。
幕府からも予算を捻出させてその詳細も提出し、事はもう最後の詰めまできているというのに。
ここまできて計画が流れれば、鉄砲隊の結成が遅れるのはもちろん幕府からの信用もなくなり、次の動きがとりづらくなることは必至。
今から他の貿易商を当たるとしても一度出した予算を上回れば、金をひっぱれなくなる可能性だってあるのだ。
前回と同じにはできないのかと言われれば、正直かなり難しい。
それだけ坂本との商談は『良縁』だったのだ。
テロリストの手口だって日々代わってゆき、いつ兵器戦となるかもわからない。
明日にでも、必要になるかもしれないのだ。
それを、
「どうする?」
ここで破談されるのは――。
「てめぇ…」
土方はギリと奥歯を噛んだ。
――どうする。
首を縦に振れば全てがうまくいくのだ。
自分たった一人が耐えればいい、ただそれだけのこと。
感情のままに首を横に振れば集めた隊士や協力してくれた人達、江戸市民や近藤にだってそれこそ顔向けできない。
「わりぃようにゃしやーせんよ。優しくする」
「……っ」
「大切にするよ」
土方が隙を見せたその間にYシャツの前をはだけさせ、胸の頂を口に含んだ。
ビクビクと体を捩らせた土方は、どうやら感じる種類の人間らしい。
それに気を良くしてコリコリとそこを舌で転がせば、小さなそれはぷくりと立ち上がった。
「あ…や、め」
「ん、ちゅぱ」
「はぁ…あっ…」
同時に中心をいじれば熱い吐息に甘い声が混じる。
土方は悔しそうに眉を寄せて、口を閉じようと唇を噛んだ。
その頭の中では副長と土方十四郎が天秤に乗ってぐらぐらと揺れて土方を苦しめた。
(は、あ…ちくしょっ…)
どうすればいい。
襲い来る熱と、屈辱と葛藤と、後がない状況でまともに動かない思考は追い詰められる。
嫌だ。
男に抱かれるなんて―――。
『副長さん』
刹那、脳裏に浮かんだ銀色の男。
ぎゅうと胸が締め付けられて、目頭に熱いものが込み上げる。
今、こんな状況であの男を思い出したくもないのに。
(万事、屋)
よろずや、よろずや。
いつの間にか土方の思考は、その名を無意識に呼んでいた。
娼婦と呼ばれても仕方ないのかもしれない。
実際今の自分はこんなにも揺れている。
このまま―――
「あ……」
「土方くん…」
このまま、この男に抱かれる事が一番正しいことなように感じて。
「さ、かも…さ…」
「のう、わしのがになれ」
「俺……おれっ…」
―――俺は、何より真選組が大切で、この副長としての自分が全てで、自分が組にもたらすものにだけ誇りと自負を持っているんだ。
だから、だから平伏す真似などしたくない。
したくないのは俺個人の感情であって、そんなモノは必要ないものなのだから。
「んっ」
『むしろお前もそれを望んでて――…』
(ああ、そうだな、俺って男は馬鹿なんだ)
誇りも、志も、そこに信念があるなら貫かせてみせる。
(追い込まれて初めてわかった)
土方は強ばらせていた体から一切の力を抜いた。
まるで、全てを享受するように。
「……決めたが?」
「ああ…、決めたよ坂本さん」
坂本は土方の顔が見れる位置までくると、その優しげな眼で土方の瞳を真っ直ぐと見る。
土方の眼は強い光を宿し、その目を、きつく見返した。
「ンな話こっちから破談にしてやらぁ。苦しもうがなんだろうが、また一から始めてやるよ」
「―――――……」
凛とした声が響いた刹那、
パァンッ
「っ!?」
奥の間へと続く襖が乾いた音をたてて勢いよく響いた。
驚いた土方がそちらに目を向けるとそこには、
「おいこらモジャ公、好き勝手やりやがって。早くそこからどきやがれ!」
黒く殺気だった銀時が立っていた。
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