// 熱帯夜の隠し事



 お前が癇癪起こすたび呼ばれる身にもなりな、と大人の声を出す本部中将の背中からできるだけ出ない位置に立つ。おつる中将は20時過ぎの連絡にもかかわらず今忙しいんだよ、と溢すだけでほとんど最短時間で来獄してくださったので助かった。おつる中将が前を通ると血と死の匂いに騒ぎ出した地下の住人たちも静かになった。
「何もおつるさんが来るような大ごとじゃぁねェだろう」
「大ごとだよ、遺体を運び出すから大人しくしてるんだよ」
「掃除も頼む」
「お前も洗われたいかい」
「フッフッフ、効かねェよ、勘弁してくれ」
 すげェなつる中将。前もって報告してはあるけど、この惨状を前に一切動じないし理由も何も聞かない。長い付き合いだから何か通じているものがあるのかもしれない。それともあとで俺らに聞き取りすんのかな。緊張するから嫌だな。
 18時の食事の時間帯にレベル6で異常発生。二人の看守が囚人の檻を開けて中へ入り囚人の片腕を自由にしたところ、一人は天井へ頭から叩きつけられ即死、もう一人も同様だがこちらは首が折れたための脊椎損傷で身動きが取れないだけで息があった。そもそも猛獣の檻の内側へ入るのがまずおかしいのだが、音声が残っていない。会話禁止リストの上の方に名前載ってるんだけど、あいつは上手いからのせられたんだろう。
「いつもの担当だけどね」
 耳の生えた看守帽が自分の話題を聞き取って正面に集中しなおした。あれ、おつる中将、俺担当じゃないです。地下六階を職務で歩いたことは一度もない一般職員。こいつ何て言ったんだ。それで指名されたのか。でも今否定するとじゃあなんで指名されたのかって話が拗れる。クソ。おつる中将の頭ごしに檻の中で立て膝で楽に座っているドフラミンゴを黙って睨め付ける。しばらく見なかったので少し髪が伸びていた。
「見ての通りだ、利き腕折っちまってしばらくは来れない、もう我儘を言うんじゃないよ」
 おつる中将が片足を半歩引いてそう続けた。俺の左腕が首からのホルダーで固定されているのを濃い色のサングラスがチラリと見た。
「そうか」
「悪かったねxxx来てもらって、見せないと納得しやしない」
「構いません」
「さて、まずは手錠を掛け直すよ、いいねドフラミンゴ」
 おつる中将が独房奥へ視線を戻す。おい、幻獣種が骨折とはおかしいな?って顔やめろ。なんだよバラす気か?苛々してきた。早く煙草を吸いたい。

 最後に姿を見た二週間前には互いに機嫌が悪く顔を見なかった。夜中に俺が独房の壁際に姿を現しても寝ている振りを続けて顔を上げなかった。眠れなくて行く当てが他に思いつかなかったから来たっていうのに。
 その日は覇気持ちにぶん殴られた上に二億ポシャッた。俺が油断したのが悪いのはわかってる。なんか俺のこと知ってるって言って偉そうなこと言いながら掴んできた。そいつは存在も非存在もする俺を掴んだ。そりゃそうだあんな金額ついてんだから。なんであんなところにいたんだ。逃げられてよかった。思い出したらまた腹が立ってきたぞ。お前に否定される覚えねェてめーはこの世の神かなんかかボケ。なら金を寄越してみろ。お前が作った世界は金で回ってんだ。
 夜になると麻酔が切れて腕が痛くて熱かった。何らかの力で腕を治して欲しかったわけでもないし、ねんごろに甘やかしてもらいたかったわけでもない。ただちょっとだけ話を聞いて欲しかった気分ではあった。機嫌の悪い奴の腹の上で眠れる余裕はなかった。結局、病室に戻って一人でウンウン唸りながら朝を待つことにした。二人とも機嫌が悪い場合どうしたらいいのか、俺たちは知らない。

 ドフラミンゴは座ったまま大人しく壁側に鎖で繋がれた。近くに空きが無くすぐに移監は出来なかった。見ているのもおかしいかなと思ったので、脳漿少々と動脈をぶちまけた名前の知らない同僚の遺体を運ぶ監獄医たちを手伝った。息がある方は先に運ばれて何処かへ出て行った。助かるといいね。手際よく床の掃除が行われ泡を廊下のほうへホースの水圧で吹き飛ばしているのをぼんやり眺めていると、優しい声に後ろから話しかけられた。
「誰にやられた?」
「転んだ」
 言えない。
「言えよ、血の鷲にしてそこに飾ってやる」
 二週間前にそう言われていたら、名前ゲロって盛大に笑わせて本当に飾れって札束でビンタしてたかもな。流石にお前でも海底からじゃ無理だろ。いや、やれそうな気もして、不気味だ。甘くて美味しい毒。会話厳禁だ。
「二階の階段だよ」
 手遅れなんだよな俺たちは。振り返らずに返事をした。

 帰還する準備を整えた中将殿へ駆けつけてくださった謝意を伝え、お見送りはここまでですと獄内勤務の職員たちが足を止める。軍艦までは署長とドミノさんがついて行くだろう。丁度いいからここで消えるか、とブーツの爪先で床を擦っていると、おつる中将が人垣の後方にいる俺を見てゆっくり息を吐いた。
「肝の据わったいい子だね」
 あの子も気に入るわけだ、は聞かなければよかった。




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