// 野蛮と高貴で紙一重



 大きな肉球をぎゅうぎゅう額に押し付けられるのに倒れないように耐えつつ、反対側の前脚でも硬いもの踏んだりして怪我してないかすかさずチェック。一仕事終えて猫車庫という名のお家に帰って来た猫車たちは猫ちゃんに戻る。
「つぎ後ろ見してね、はいはい、うんうん」
 横になったままにゃむ、にゃむと途切れ途切れに話しかけてくるので相槌を打つ。やたらめったらに給料の良い住み込み求人の正体は、実験動物の飼育。一番手がかかり可愛いのがこちら、悪名高きジェルマ王国の科学によって作製された巨猫である。雇い主の悪名は、結構ほんと。よくない噂は大体ほんと。実験動物全部見てるけど奥の水槽に養殖の人魚いたし、たぶんあれ食用。海の戦士ソラの中のジェルマ66もこんなに悪なのだろうか。そろそろ読んでみるか?いや、そんな暇ないか。
 俺がここ数ヶ月ワンオペになってんのは三人の奔放な王子のせい。半分メカみたいな奴らから人間扱いされなくてみんな辞めていく。辞めた同僚たち、家に帰れてるのかは知らない。人間にはあんまり興味がない。
「わ」
 急に何かに反応して身体を捩ったヘンリーの腕に押し倒された。短い腕は重くて、ふかふかだ。いい匂い。何かの音を聞いてるのか、ヘンリーはそのまま動かない。では失礼して深呼吸。うん。うん。幸せだ。
「ヘンリー、どいて、ハッピーで死んじゃうよー」
 口だけでそう言って、顔の上までのっしりと乗っかってる大きな猫の柔らかな胸毛に顔を埋めてゆっくりと呼吸する。離れたところからハッピーがなーんと返事をしたのが聞こえた。あー他のみんなが来てくれたらもっと嬉しいな。
「助けてー」
 来てくれても来てくれなくてもどちらもお得。深呼吸をすることに集中していると、人を小馬鹿にした低めの声が俺の手を踏んだ。

「"卑しい私めの手を引き助けてくださいニジ様"、だろ」

「んんぇッ!?」

 渾身の力で巨猫の前脚を横にずらして顎を上げる。上下逆さになった作り物の長い脚が空から生えていた。
 青いパイロットゴーグルの下ではへの字口が二度は言わないと物語っている。いつからいたんだろう。この綺麗なお靴で同僚の顔面を蹴飛ばしていた事が鮮やかに思い出される。ニジ様が履けばエナメルのドレスシューズだろうがビーチサンダルだろうがそれは雷電の槍。
「お、お助けください、ニジ様」
「断る」
 あっれェ!?の大声をすんでのところで飲み込んだ。両脚と白衣の裾は柔らかな胴体に乗られていてダメそうだ。ヘンリー嬉しいけどどいてくれ。おまえのお世話がかり、このままだと最後の一人も死んじゃうぜ。
「今日のやつコイツか」
「わわ、有難う御座います」
 ニジ様が自分の何倍もある猫車を細い腕でひょいと持ち上げ、自分と視線が合いやすそうな位置におろした。踏まれていた俺は隙間から自由になった。
「歩くのが遅かった、ちゃんとメンテナンスしとけ」
 てめぇチンタラ歩きやがってと、目を細めたヘンリーの眉間を拳に体重も乗せてぐりぐりと押してる。体の大きな猫車にはそれくらいが気持ちよさそう。どうやら本当に今日の猫車の歩く速度が少し遅かったと伝えに来てくれたようだ。助かるけどたぶん、今日乗せてた人とできるだけ長く一緒にいたかったんじゃないかな。今も嬉しそうな表情してる。
「わざわざそれを伝えに?」
「あ?そうだが?」
「ありがとうございます、入念にチェックします、ヘンリー隠し事が上手なので」
 おい待て、と言いながらニジ様が俺の話を遮るように手を挙げた。若干緊張した。硬そうな前髪と濃いブルーのゴーグルで視線も表情も遮られ、読み取れない。
「"ヘンリー"?」
 ニジ様は体の前で手の形を猫車を指差しように変えながらそう言った。名前覚えてくれたのかと得意げに肯いた。
「そです」
 ヘンリーも嬉しそうになぁと返事をした。奥にいるのがハッピーで多分寝てるのがほのたろうです。会いますか。ニジ様はなんでか顎を引いて口の形をめちゃくちゃに歪めた。
「名前変えろ」
「えっ、エーッ!?」
「つぎ来る時までに変えとけ絶対」
 光の速度を持つ戦士デンゲキブルーの必殺技名だと全く気付けず、来週には随分手加減してくれたらしい痺れる蹴りがついに俺にも炸裂する。




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