05
「奥村先生どうも。」
ふわりと微笑んで、僕に挨拶したなまえさんはなぜか兄さんの炎を操る特訓を見ていた。
兄さんは、まだまだ操りきれていない不安定な炎で目の前のことを必死にだけど冷静に取り組んでいる。
普段の兄さんなら集中すると感情が昂ぶってうまくいかなくなるのになまえさんの指導のおかげか少しずつ上達しているようだった。
しばらく、僕はその様子を見て、それから出てきたのだ。
「・・・どうして、あなたがここに?」
「シュラに頼まれて、燐君の指導に来たの。こないだも頼まれたけど、知らなかった?」
「僕はまったく聞いてません。」
不機嫌さを滲み出させないようにと気を使ったがどうしてもにじみ出たようだ。
彼女は、苦笑いして僕に一歩近づいた。兄さんは僕が来たことに気づかないくらいに冷静に集中している。
「奥村先生は、私のことが嫌いだからかも。」
「・・・・・」
「否定しないんだ、そこ。」
彼女は今度は僕の心の罪悪感をつつくように悲しそうに笑った。
正直、僕はこの人が嫌いというより、苦手だった。
何を考えているのか分からない不思議なところがある人だと思っている。
彼女は親しい人にはめったに笑わなかった。そしてまだ信用していない人間にはよく笑って愛想よくした。
無意識のうちなのかもしれない、でもなんだか人によって態度を変えているようで僕は嫌だったのだ。
「燐君、まだまだ不安定だけどだんだん炎を操れるようになってきたの。」
兄さんが炎を一生懸命に操る様子を見ながら彼女は言った。
兄さんは僕らに背を向けて炎を操っている。その炎の光がまぶしくて彼女の顔は青い光に照らされていた。
「声、かけたら?たぶん燐君の励みになると思う。」
僕に向き直ったとき、正直ドキリとした。向き直ったときにゆれた髪が青い炎をまとっているように見えた。
「っ、いえ、僕は・・・」
ほんの少し動揺しながら言うと彼女は咎めるように「雪男くん、」と僕の名を呼んだ。
彼女の青い瞳が僕をまっすぐ見つめる。僕はその瞳から目を背けたかった。
「雪男くんは、燐君に劣等感を抱いてるようだけど、それは燐君もある意味同じなの。
雪男くんは燐君の持っていないものを持っていて燐君は雪男くんの持っていないものを持っている。
・・・・・ほんの、少しのわだかまりでも、放っておいたら取り返しのつかないことになるの。
だから・・・・・」
そこで彼女は口をつぐんだ。
悲しそうに眉尻が下げられて、目が伏せられる。僕は息が苦しくなるような感覚に陥った。
そしてとうとう僕はそんな彼女から目を背けた。
と、そのとき。携帯の着信音が聞こえた。僕の携帯だった。
「はい、」
携帯に出れば、急な任務ができたということだった。
僕はすぐに行くという旨を伝えて、通話を切った。
「なまえさん、任務ができたので、兄のことをよろしくお願いします。」
「・・・・雪男くん。」
僕を呼んだ声は咎めるような響きはもう無かった。彼女の表情は弱々しくなっていて僕を引き止めたいと思っている声だった。
僕は彼女を無言で見つめた。しばらく見つめ合ったあと彼女から口を開いた。
「・・・・気をつけてね。」
最後に彼女はそう一言つぶやくようにぽつりと言った。
僕はそのまま任務へ向かった。
仮面をつけた女
僕は始めて彼女と会って話したときそう感じた。
(彼女が仮面をとるのはシュラさんだけだった。)
(僕はいつか彼女の仮面を剥ぎ取りたい。)