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京都出張所に今日から一ヶ月配属されることとなったと聞いていたなまえが、俺のところに顔を見せに来てくれた。
「久しぶりね。」
と、なまえ。そういってなまえはにこりと笑みを浮かべた。
俺もかつての級友に笑顔を返した。
「おう、ほんま久しぶりやな。」
学生のころから綺麗ではあったが、少し歳を重ねてさらに綺麗になったようだ。
「そういえば、蝮ちゃんと結婚するって聞いたんだけど・・・」
「ああ、今求婚ちゅうや。」
「やっぱり。蝮ちゃんはちょっと意固地になってるところもあるでしょう。」
「まぁな。これからぐいぐい押してくつもりや。」
「がんばってね。」
「おん。」
軽く互いの近況を報告しあったあと、昔話に俺らは花を咲かせた。
俺となまえは一緒に悪魔祓いを教わった級友である。
そのころからなまえの実力は周りとは比べ物にならないくらいのものだった。
祓魔師になってからは俺は京都へと戻ったがなまえのほうは世界中を飛び回っているようだということは時折噂で聞いていた。
なのに。
「そういやなんでなまえは下一級祓魔師なんや。」
話の流れで俺はふとそう聞いてみた。
俺は上二級祓魔師というのになまえは下一級祓魔師なのかがわからない。
なまえはあんなに実力もあるというのに、どうしてと思わずにいられなくなった。
「私がただ単に弱いだけよ。」
出されたお茶を飲みながらなまえはただ静かに答えた。その表情がやけに淡々としていてなぜかむっとした。
なまえの態度が昔のことを思い返させたからかもしれない。
「ちゃうやろ。ならなんでお前はずっと世界飛び回っとったんや。」
「弱すぎていらない存在だからたらいまわしにされてたの。」
「んなわけないやろ、ちゃんと俺の質問に答えるんや。」
「私はちゃんと答えてる。」
「お前な!!」
俺はとうとうぶちきれた。
立ち上がってなまえの胸倉をつかみあげた。女にすることじゃないとはわかってはいてもどうしても怒りが抑えられなかった。
学生のころからなまえはどれだけ自分が回りに差別されていようが気にしていなかった。
周りの塾生たちに罵られても、笑われても、怒ったりも悲しんだりもせずただ静かにそれを受けていた。
俺が代わりに怒ってやりたい位だったが俺はそこまでなまえと親しいわけでもなかったし本人もそれを望んでいなかったからずっと我慢していた。
しかしそれも我慢の限界だった。
どうしてなまえは自分が不当な立場にたたされていようがそれを仕方ないと受け入れられるのが分からない。
仕方ないで済ませられないような不当な扱いにどうしてなまえは平静でいられるのか。
「お前はなんでいつもそう"仕方ない"みたいに済ませられるんや!!」
つばが飛んでしまいそうな勢いで怒鳴ったそのとき、ふと思い当たることがあった。
思わず胸倉をつかんでいた手を緩める。
「まさかお前・・・・」
そういいかけたとき、なまえの目が今まで見たことがないほど冷たく、鋭くなった。
思わず、言いかけた言葉を飲み込んで胸倉をつかんでいた手を離す。
なまえはその距離のままさらに鋭く俺を睨んだ。
「誰が聞いてるか分からないのにここで口にしないで。」
初めて聞いた、なまえの怒った声だ。罵られようが差別されようが決して怒りはしなかった彼女が始めて怒ったのだ。
それほど俺は彼女を怒らせてしまったのだ。
「か、かんにん。」
冷たい目を直視できず思わずそらしてしまう。凍ってしまいそうな冷たい瞳だった。
と、そのとき。
「なまえきとるん?」
ちょうど蝮の声が廊下から聞こえ、俺はあわてて座った。
なまえもきちんと服を整え座りなおした。
やがて蝮が現れたときにはなまえはいつもの柔らかい物腰を取り戻していた。
氷点下50度(なまえ、ほんまにかんにんな。)
(・・・・こっちこそ。あんなふうに睨んじゃってごめんなさい。)