「なあユウ、キラちゃんの素顔気にならねぇ?」
ある日のこと。馬鹿なことを考え出した一羽の兎にファーストネームを呼ばれた。
「てめぇ・・・!刻むぞ。」
抜刀。
「え、何に対してさ!?」
「俺のファーストネームに対してだ!」
刀を首筋に寄せつつ言う。
「ご、ごめんごめん!でさ、キラちゃんの素顔見にいこうさ!」
くそラビの軽い謝罪を追求するのも面倒だと思って、すぐに引き下がってやった。ラビは刀が首から離れていくとほっとしてそのまま話を戻す。
「あ?興味ねぇよ。」
瓶底の下に隠れている瞳は想像もつかないが、どうでもよかった。見てどうなるわけでもねぇし。しかし知りたがりの兎は何が何でもキラの素顔が知りたいらしい。
「まあまあそんなこと言わずに!」
と、なぜ俺を巻き込むのかは分からないが、ラビは俺を強引に押す。
「てめえ押すな!」
抵抗らしい抵抗はせず、俺はラビに押されるがままどんどん科学班へと向かわせられる。ずっと人間を押し続けるのはとても骨の折れることだったのだろう、科学班につくとラビは一気に脱力した。
「実はキラちゃん、どんな時でも眼鏡をはずそうとしないって有名なんさ。」
疲れから回復したラビは、キラの瓶底眼鏡の話の詳細を話し出した。科学班へ入る入り口からこそこそとキラを覗きつつ、俺は話を右から左に流そうとトライした。
「あっそ。」
「ほんと面白いから聞いて!」
しかし、ラビはそれを許さず、しつこい視線を俺に向ける。うざったいのはいつものことなので最近諦めだした。
「ちっ・・・で?」
「リナリーの証言によると、お風呂に前入れてやったときも眼鏡をはずさなかったらしい。」
「は?馬鹿かあいつ。」
「いやそれが、この話には続きがあって、キラちゃんは眼鏡に細工して防水加工された超小型電動ワイパーを搭載しているらしいんさ!」
想像すると相当おかしな光景が目に浮かんだ。キラの眼鏡を自動で掃除する超小型ワイパー・・・。眼鏡の上で何かが動いているという光景が普通ではないので微妙だ。
「そこまでして眼鏡取りたくないみたいだし、余計素顔気になるだろ?」
ラビの言葉を認めてやるのが癪だったので、応えず鼻をならす。
「だから今んとこキラちゃんと仲がいいユウに協力して欲しいんさ。」
「は?誰と誰が仲がいいだと?」
「ユウとキラちゃん。」
「仲良くねぇよ。」
こいつはなにを勘違いしているのだろう。俺とキラのどこが仲がいいのか。出会いなんか俺があいつにそばをぶっかけたという最悪なものだし、あいつは俺のことをそこまで好ましくは思っていないだろう。奴は、俺がキラのことを馬鹿にしていると思っている。
「えー、俺にはそう見えるんさけど。」
「お前の目は誰かにくりぬかれたみたいだな。」
「なんでそこ節穴って言えないの!?なんかグロテスクさ!」
「とにかく、俺はやらねぇよ。」
ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。キラの素顔が気にならないでもないが、しかしわざわざ馬鹿兎に協力してまで見たいとも思わない。
「えー・・・」
腕をだらりと前にさげ、俺に未練がまし気な視線を向けるラビ。知りたがりだからこそ、ここまでがっかりするのだろう。しかしどんな表情をされても俺は決して首を縦には振らない。
と。
「きゃっ!」
「ふぎゃっ!あっつ!」
科学班の方から女二人の悲鳴が聞こえた。片方はまさにそばぶっかけ事件を彷彿とさせる声である。ラビと二人してそちらをみると、コーヒーを頭からかぶっているキラと、おろおろと慌てるリナがいた。あいつは液体をもろに被る名人のようだ。
「ごめんなさい、キラ!」
「いえ、白衣も撥水性のあるものにしましたし、問題なしです。」
「だけど、頭と眼鏡が・・・」
「頭はタオルを用意しているので無事です。眼鏡は、ワイパーがあるので。」
「あ、・・・うん。」
俺はその時初めてキラの眼鏡ワイパーをみた。それはなんともすさまじい光景であった。スピードはゴーレムの羽ばたき並みの速さで、しっかりとキラの眼鏡の全てをふき取っている。両面にあり、それぞれが同じ向きの動きを行っているため、眼鏡に何かが住み着いているのかと思ってしまうくらいだ。笑えないくらい気持ちがわるい。以前、馬鹿兎がレンズのない眼鏡をかけ、その眼鏡をかけたまま目薬を落とそうとしていた光景はまだ笑えるものだった。普通から少し離れただけの光景だったからだ。しかし今回のキラは普通からかけ離れすぎて笑えすらしない。
なぜそこまでして、素顔を隠そうとするのか。
「ではすいませんが、床にこぼれたコーヒーをお願いします。少し仕事に遅れが生じて取り戻さなければなりませんので。」
「いいの、私こそ本当にごめんね。仕事終わったらお風呂に行きましょう。」
「ありがとうございます。」
風呂、という単語を聞いてラビの話を思い出す。風呂ですら常にワイパーを使っているキラ。実際にワイパーが動き出す光景を見て、それがどれだけ気味の悪いものかが分かってしまったからか、ラビの話の衝撃が大きくなりつつある。
「おい馬鹿兎。」
「ん、なんさ?」
「手伝ってやる。」
「お、マジ!?」
好奇心が俺を動かすほど大きくなった瞬間であった。
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