「キラちゃん、なんか変わったさ」
カラカラと回転椅子を座ったまま転がし、ブックマンJrが近づいてきた。
暇を持て余しているようで、科学班のあちらこちらを椅子で動き回っては、邪険にされない程度に班員全員にかまっている様子が先程から見られたが、どうやら私にもその順番が回ってきたらしい。
「何をもって変わったというのでしょうか」
私はブックマンJrと会話をしながら、目の前の設計紙を睨みつけていた。現在結界装置がどうにか改良できないか検討中だったのである。改良とは言っても、なにか機能を付け加えたりするわけではない。少々、小型化できないか検討していたのである。
「んー、肌がきれいになった」
「そうですか。ありがとうございます」
「艶っぽくなった」
「はい」
「色気でたさね」
「はい」
「大人になったって感じさ」
「そうですか」
淡々と返事を続ける。そしてにらみ続けていた設計図にバツ印を刻み、手近のゴミ箱に捨てた。
結界装置は、小型化、もしくは軽量化しなければ私ほどの女性にはなかなか運ぶのが重労働な代物である。そして私ほど小柄な人間には、軽量化だけでは、扱いが難しい。まずは小型化、そしてその後軽量化、という道を辿ろうと考えていた。小型化すれば、材料はかわらずとも、そもそもの大きさが変わるので、ある程度軽くはなる。しかしこの小型化というのが厄介なものであった。
なぜ結界装置がこの大きさなのかというと、部品が量産型であるからであった。部品の各パーツを小さくすると、それだけで個々の部品に高度な技術が必要になる。
そして代替案として、部品を少なくできる方法があるのではないかと考え、結界装置の設計図の複製を見ながら、新たに作れはしないか、書き込んでいた。
しかし結界装置の改良版に対していい考えが浮かばないのであった。
休憩時間を利用しての、単なる娯楽としての考えで、休憩時間を終わってまですることではないので、諦めて、本来の業務に戻る。
「ユウとなにかあった?」
ブックマンJrのこの質問に、周囲が一気に聞き耳を立てたのがわかった。
「なにか、の定義を詳しく教えていただければお答えできますが」
私はその言葉の含意を踏まえて返事をするつもりはまったくなかったので、あえて表面的な言葉の意味のみを捉えて切り返す。
「そりゃあれさ、恋人の男女が夜にすることさ」
ブックマンJrはなんのためらいもなく核心に迫った。
私はコンマ刻みできるほどの速さで、どのように切り返すかをはじき出す。
「おそらくブックマンJrは私が答えずとも正解を予想していることでしょう」
「俺の考えだとキラちゃんとユウはシちゃってることになるんけど?」
それでいいのか、と言外に伝えられる。あくまでもブックマンJrは私になにか確かなことを言わせたいらしい。
本来の業務を遂行しながら、私がブックマンJrにするべき反応を幾通りか考える。
幾通りのうちの最善はなにか。そもそもこの最善の定義から始めなければならないのだが、誰にとっての最善にすべきかなど思考を重ねる。
この間拍動一回分といったところ。
「この手のことは、私より神田ユウに聞いたほうがあなたの望む答えが得られるでしょう」
結局私は自分自身にとっての最善を導き出した。
つまり、神田ユウにすべての矛先を向けさせ、自身がこの手の話題に振り回されないように保身を図った。
以前神田ユウにも言ったように、私には現在の年齢相応の感受性はある。ただそれを表に出すという行為によって、無駄を生じさせないようにしているのである。感情を出すことによってうまくいく場合もあるが、この場合、ブックマンJrには極力平静を保った状態で接し続けていれば、自分の業務も滞りなく進められるというものである。
もちろんブックマンJrの言葉に、内心揺さぶられているのは事実である。彼が私の羞恥を引き出そうとしている目論見が透けて見えるため、その目論見を失敗に終わらせようと努力しているのだ。
羞恥を表にまで引き出されれば、さらに彼の追撃は免れ得ず、私の業務に差し障りがあるかもしれない。
「ラビ、そろそろキラの邪魔やめてよね」
ジョニー・ギルがそろそろいいだろうというところで助けの手を差し伸べた。私もこれ以上は精神衛生上よくないと考えていたためブックマンJrを遠ざける心づもりをしていたのだが、それよりも前に差し伸べてくれた、様子を心配していてくれたのであろう、ジョニー・ギルの助けの手はありがたいことこの上ない。
「へーい」
ブックマンJrは、以前私が母国語で雷を落としたことがあってか、素直に引き下がった。
私はまた、周囲の雑音のみを耳に入れながら、業務に戻った。
一人業務をしながら神田ユウのことを考える。
私が始業すると同時に、神田ユウには任務地にすでに到着したリナリー・リーとの任務が下った。彼は私の額にキスを落として、任務へと旅立った。私も資料に目を通したが、任務地周囲のAKUMAはレベルも高く、遭遇すれば、危険も伴うことが予想された。
怪我をしないようにと出発間際に伝え、彼も気をつけると言って出発したが、何が起こるかわからない手前、心配は尽きない。
それでも、以前よりも不安ではなくなった。
周囲の過剰な期待を抑えてくれたあの二人のおかげで、私は間違いを恐れなくなり、周囲に協力を求めることができるようになった。神田ユウだけでなく、多くの人に支えてもらえるようになった。
以前よりもずっと、この教団で、エクソシストやファインダーを送り出すことを不安も心配も含めて、受け入れられるようになった。彼らは必ず帰ってきてくれると信じ、自分のすべきことを全うしよう、と心を強くできた気がしている。
ここ最近の仕事も、ずっとはかどっている。あらためて、今の自分は天職をもらったのだと感じることができる。
仕事の傍ら、何度か神田ユウから電話を受けた。コムイ・リー室長への報告のついでであるから、長く電話することはできないが、任務の進捗はどうであるか、怪我はしていないか、薬の予備はあるかなど、大事なことを話せた。
最後の電話では、もうそろそろ任務にも片がつきそうだと言っていたので、帰還の知らせを受けるのはもうそろそろだろうと予想している。
会えるのが待ち遠しい。
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