キラの唇は小さいが、厚い。唇の乾燥を嫌ってか唇はリップクリームが薄く塗られていた。大方リナリーからもらったのであろう、よくわからないが甘い匂いがする。なんども口付けると、塗られたリップクリームはどこへいったのか、甘い匂いが薄れていく。
「は、ん、はぁ、」
キラがキスの合間に必死で呼吸をする。鼻で息をすることを知らないのだろう。一生懸命に唇から吐き出しては吸われる呼吸を俺が支配しているのかと思うと、背筋から悪寒にも似た快感が湧き上がる。
「ん、む」
キラの唇を舐め、呼吸の合間から舌をねじ込む。薄めで確認すると、きつく閉じ、少し苦しそうにするキラの顔が見える。ようやく鼻で息をし始めたキラの体からどんどん力が抜けていく。
舌をぬるぬると触れあわせながら、キラの口内を味わう。上顎の感触、歯の裏側の歯茎舌の裏。舌は味わったことのない独特の甘さがあって、ずっと舐めていたくなった。
「ぷはっ、はぁ、ふぅ」
キラから胸板を押され、俺はしぶしぶキラを離した。キラは鼻で息をしつつも、それでも酸素が足りなかったようで、息を乱している。見下ろすと、口のはしから大量の唾液が溢れていて、息を整えながら、袖でそれを拭っているので、俺もそれを手伝う。
ぼんやりとした目をして、キラは俺の方を見ている。俺はその頬に手をあて、撫で、後ろ髪をすき、そしてそのまま、キラの顔に自分の顔を近づけた。
キラの頬にキスをし、まぶたに、鼻に、また軽く唇にキスをする。
それから首筋に、鎖骨にキスをする。
「……キラ」
「っ……」
名前を呼ぶと、そこで我に返ったように、キラの目が意識を取り戻した。
「お前が拒絶しなかったら、俺はこのまま進めるぞ」
「進める、とは……」
「お前を抱く。こういう言い回し、わかるだろ」
「……」
キラは固まった。頭の中で自分がどうされるのか考えているのかもしれない。
「神田ユウは、私のことが好きなのですか」
「……好きだ」
キラはまた固まった。
「私には、自分の気持ちが、神田ユウに対する気持ちがわかりません。以前、言いましたね。あなたがいなくなってしまうことが怖い。あなたに、リナリー・リーにも代われない、心の支えを求めていると」
「ああ」
「そして神田ユウは、それは、リナリー・リーと神田ユウが持つ役割が違うからだと言いました」
「そうだ」
「今でも私のこの気持ちは変わりません。ではこれを、私は"好き"と言っていいのですか……?」
キラが切なげに俺を見る。
俺は、なんと答えたらいいかわからなかった。
気づいたのだ。俺がこれからキラの恋という感情を規定することになるのだということに。
キラは恋という感情に関して、白紙の状態で俺の元に現れた。他人によって左右される感情は、他人によってしか書き込めない。俺は以前、知らず知らずのうちにキラの恋の定義を定めてしまったのだ。そして今、またその恋の定義を修正するのも、書き加えたり、抹消するのも、俺なのだ。
「俺に、キスをされて、どう思った?」
俺がキラの最初の男。それは甘美な響きがし、同時に、背徳的でもあった。
キラを歪めぬよう、慎重に切り出す。
「心地いいと思いました。それと……」
キラはそう言って、俺の頬に手を当て、親指で俺の唇をなぞった。恍惚として、そして物欲しそうに濡れた瞳だった。
「神田ユウにしか、許すことはできないと思いました」
どくん、と心臓が跳ね、全身に熱が駆け抜けた。
「俺は、お前の唯一になりたい。これが、俺の"好き"だ」
「唯一……」
「お前が幸せを感じるのは俺の隣だといい。辛い時に、慰められるのは俺だといい。お前のもっとも大切な人間が、俺であってほしい」
「もっとも大切な人……」
「そうだ」
キラの潤んで光る瞳がより一層きらめいた。顔が真っ赤で、感情が高ぶって、涙が溢れている。
「とても、嬉しい。神田ユウは、私の唯一です。私も、あなたの唯一になりたい」
「お前は、俺の唯一だ」
微笑むキラと、どちらからともなくキスをした。
とても神聖な、二人だけの空間だった。
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