キラは、夜に俺との添い寝で日中に蓄積した重荷を下ろし、精神の安定を取り戻すということを繰り返している。
俺が任務にいるときは、一人でいると重荷が押し寄せてくるようでそれを考えないようにするためにも仕事に熱中している。そして俺が帰還するといつもの何倍にも膨れ上がった重荷を抱えて、俺と眠る。一晩で一気に重荷を解放し、また仕事に戻るのだ。
キラにとって、今や仕事は功罪が一致していた。
天職といっていたように、キラにとって科学班での仕事はキラを生き生きさせていたはずだった。しかし周囲の期待が高まりすぎたせいで、間違いが許されず、常に緊張を強いられる存在にもなっている。
添い寝は、ただの気休めだ。続けるだけではキラを本当の意味で助けることはできないということが十分わかった。
俺はキラに添い寝だけではなく、もっと何か別のことをしてやるべきだ。しかしそれが何かと言われると俺にはわからない。
頼ることになったのは、リナだ。あいつは常日頃からキラのことを気にかけている。それにキラは弱いことを知っている。
人に聞かれる心配がないよう、俺はわざわざリナを談話室の一番奥まで呼びつけた。キラに関する大事な話があるというと、あいつは積極的に話を聞きにきた。
「それで、話って?」
昼食をとったすぐあと、俺たちは談話室に集まった。この時間帯が、キラの世話や科学班の世話を終えたリナが空いている時間だからだ。
「まず、今まで黙ってたことを言うから、大声出すんじゃねえぞ」
「うん」
気安くうなずくので絶対に大声を出すだろうと思われたが、話が進まないので、そのまま明かした。
「今、毎晩キラと添い寝して寝てる」
「…………えええっ!?」
リナは大声をだしたあとしまったという表情をして回りを見渡す。幸いこの時間帯は、人が少ない。皆、食事時には談話室ではなく食堂に集まって話をするからだ。
「そ、それってどういうこと? 二人は、付き合っているの?」
リナはやや声を潜めて聞いた。
俺はあらましをざっと説明した。
「今までもあいつは周囲からの期待とか、自分の無力感にさいなまれて、不安定だった。そして、俺の怪我がきっかけで、一気に負荷がかかって、バランスが崩れた。そのバランスを保つために、俺と添い寝が必要だったってことだ。バランスが崩れてから、一番最初に安心できたことを繰り返してるんだろう」
話ながら、初めてキラの今の状況をはっきりと認識できた気がする。キラは、これまでギリギリのところで自分を安定させていた。抱えているものが溢れないように、慎重に。しかし急な俺の怪我でそういうコントロールを失ってしまったのだ。そして、失ったコントロールを取り戻した初めてが添い寝だった。そして、添い寝をしたとき感じた強烈な安心を覚えていて、それを再現して、つかの間の安らぎを得ていたのだ。もしそれが添い寝ではなく別のことだったら、きっと今俺とキラは添い寝をしていない。
「…………それって、つまり二人は病院でも添い寝をしてたってことね?」
あえて抽象的に話したが、リナは察しのよさを発揮した。
俺はうなずく。ただ、今はそれが本題ではない。
「その話はあとだ」
リナはすぐに話の本筋に戻れるように気を取り直して居住まいをただした。
「俺が教団に居る間は、続けてる。だが、これは本当の意味での解決じゃない。本当は、あまりにもかかりすぎてるキラへの期待を減らすことが解決だ」
「それでどうすればいいか私に相談ってことね」
うなずくと、リナが話を続けた。
「神田は結構深刻にとらえてるみたいだけど、実際は簡単だと思う」
「なんで」
「キラが女神って言われてるの知ってるでしょ?」
「ああ」
「最初はおふざけ半分だったけど、広まって、本当に女神みたいに思う人のほうが圧倒的に増えたことには気づいてる?」
「コナーか?」
「そうね、コナーもちょっと入ってるけど……コナーよりすごいのがたくさんいるのよね。それで、キラを本当の女神だと思ってる人に共通してるのは、キラのことを敬虔な宗教者だと思ってるってこと。もしくは神の使い?」
「あ? どういうことだ」
「つまり、キラは世界を救うために、自分のことは省みず、ひたすら自分の使命に忠実で、薬をつくって人を救済する存在だと思われてるってこと」
「大体はあってるだろ」
キラは周囲の期待に応えようと、自分を蔑ろにし、人を救おうと自分の無力さに抗おうとしている。
「今の言い方だとそう思うかもしれないけど……実際は、皆、キラをもっと、すごいものとしてみてるのよ」
「すごいもの?」
「イエス・キリストのような……仏のような?」
と、言われても旧約聖書だの新約聖書だのに関しては俺は一切知識をいれてこなかったから、聞いた話でしか知らない。
イエス・キリストはたしか、死者を復活させたとか、病人を癒したとか、そういう奇跡を起こしたやつだったか。
仏教に関しては少し知っている。教団の記録上は日本人である以上、日本人っぽいことはいろんなやつらから情報が入ってくることがあったからだ。
仏というのは確か、いろんな煩悩を捨てて、悟りを開いたやつだ。煩悩には確か、人を愛することも入っていた気がする。
「とにかく、キラは何でもできて俗にまみれてない存在というか」
そこまで聞くと大体わかった。要するにキラは、イエスみたいな聖人や仏みたいな奴と同列に思われているということか。
「だから、みんなにキラが普通の人だってわからせてあげればいいってこと」
「で、どうするんだよ」
「もう! ここまでいってわからないの?」
「はあ?」
「要するに、キラと神田が一緒に夜を過ごしてるってみんなに知らせるの。それから、二人が恋人だって言ってもいいかもしれない」
「おい、でたらめ言えってのか」
「半分は当たってるからいいじゃない」
「半分だけだろ」
「恋人だって周りに宣言して、そのあと本当に恋人になればいいのよ」
こいつ、自分のことじゃねえから簡単そうに言ってのける。仮の恋人になってしまったあと、どうやって俺はあいつと本物になれっていうんだ。俺はあいつのことを思っていても、あいつが同じ気持ちになると、誰が保証する。
「大丈夫よ。キラは神田のこと、一番に思ってるもの」
俺の歪んだ顔を見て、心中を察したリナが俺を説得しにかかってくる。
「知ったようなことを」
俺は吐き捨てるようにいった。リナは負けじと言い返す。
「じゃあ、そうやっていつまでもなにもせずにキラと添い寝を続けるだけでいいの? キラが神田をただの精神安定剤としてるだけでいいの? ずっと続けば、キラは神田の存在を恋愛対象として見なす可能性は絶対に減っていくと思う。こういうきっかけでもなければ、先に進めないとは思わない?」
俺はグッとつまった。そこまで言われると、俺にはリナの言葉が正しく聞こえてくるし、自分の中の欲を刺激されて、リナの言葉にしたがいそうになる。
しかしまだ踏みとどまる自分がいる。
それを見透かしたのか、さらにもう一言、リナは続けた。
「神田、臆病なだけじゃいつまでたってもほしいものは手に入らないわ」
長年、教団で供に過ごしてきた相手なだけあって、リナは俺がどういわれれば焚き付けられるかわかっていた。
俺はリナのその言葉で、リナの提案を呑んだ。
その後は、どうやって噂を広めるか、キラにリナがいつ説明をするのか、二人で話し合った。
その日の夜、俺がキラに事情を伝えてすんなりとキラの許可をもらい、翌日実行に移した。
噂は瞬く間に広がり、俺とキラが恋人であるという偽情報はすぐに信じこまれた。
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