リナが負傷した。
AKUMAが起こした突風によって、体を切り刻まれた。幸い傷は深くはなかったし、キラの薬が役立ったが突風で割れてしまったものもあり、完全にはその場で処置ができず、失血による死すら危ぶまれた。
すぐにリナは処置を受け、現在、傷を抱えながらも教団に帰還している。
キラは何も言わず、リナが帰ってくるまで徹夜の日々を続けている。俺が眠るのをすすめても、四徹を超えたら休むといって、聞かなかった。
初めてその様子をみて分かったが、それは傍目にも痛々しい光景だった。おそらく本人は気づいていないのだろうが、日に日に顔が青白くなっていく。しかし普段とは間逆に、身奇麗になっていくのだ。俺が病院で眠っていたときにしていたように、毎日きちんと風呂に入り、服も替えていたからだった。キラにはその行いが必要だったのだろう。ただし、周囲からすると、その様子はまるで死ぬ準備をしているかのようだった。唯一安心できたのは、キラの仕事を対する意欲がこれまでと変わらず、徹夜をしていても作業効率が落ちていない様子であった。
これは仲間が危うくなったというだけで起こっているわけではないことは分かっていた。だからなんとしても、早くこいつから色んな重荷を取り除いてやらねばならない。そう、決意させられるような光景だった。
ちょうどキラが四徹目を向かえた日に、リナは帰還した。
「リナが帰ってきた」
リナが怪我をしてから科学班に入り浸り、黙ってキラの隣にいたので、知らせを伝えたのは俺だった。
キラは仕事の手を止めると、立ち上がり、すぐさま司令室へと向かった。リナは普通に歩けるほどで、帰還の際は司令室で報告をする予定になっていた。
俺はキラについていった。
司令室は俺の予想通りも抜けの空である。コムイが地下水路にリナを迎えに行き、べったり張り付いたまま一緒に司令室に戻ってくる様子は想像に難くない。
無言のまま待った。キラはただじっと、司令室の入り口を見つめていた。
待ったのはほんの二三分だった。しかしキラにはもっと長く感じられただろう。
「大袈裟よ、兄さん」
声が聞こえてきて、キラが短く息を吐いたのが横目に見えた。リナが入ってくると、キラはそっと深呼吸をしていた。もしかすると、感情の高ぶりを抑えているのかも知れない。
「あっ、キラ、それに神田も。ただいま」
リナはこちらに気づくと、すぐにキラの所に来て、笑顔を見せた。
「おかえりなさい、リナリー・リー」
キラも笑顔を返していた。あまり二人が接しているところを見たことが無かったが、リナの前で笑顔になっているキラは、とても親しみがこもっている。女が少ない教団内で、やはりリナはキラにとって特別なのだろう。
「心配かけたね」
といってリナがぎゅっとキラを抱きしめてやった。キラも抱きしめ返している。
俺もキラを抱きしめてやりたくなるような、切実さのこもった抱擁だった。
*
キラは四徹目だったので、前回同様、七時にはあがり、八時にはこちらにやってきた。
俺もちゃんとキラを向かえて、一緒にベッドに入った。
いつもだったら、そのままキラは眠ってしまうが、今日は違った。
「あの……神田ユウ」
「どうした?」
「私は、弱い人間でしょうか」
自分の手のひらを握り合わせながら、キラは言った。表情は、無に等しい。
「周囲からの期待で間違いを恐れ、女神と呼ぶ人もいるのに、無力で何もできないままです」
「…………」
キラは限界を迎えようとしているように見える。吐き出せど募る重たいものにのしかかられ、つぶされかけようとしている。
「以前も言ったが、お前はよくやってる。その歳で、良くやってる」
「リナリー・リーも、そういってくれたことがあります」
キラは少し丸まりながら言った。
きっとキラは、その言葉がきっかけで、俺とリナを大切に思っているのだろう。
「なのに私は、神田ユウも、リナリー・リーも、死んでしまうかもしれない目にあわせてしまいました」
「戦争だ、仕方が無い」
「そう……ですね」
キラの反応を見て、自分の言葉がまずかったことに気がついた。今更遅い。
「神田ユウのように割りきれたら、いいのですが」
「……お前は、今はいろんなことが重なりすぎて、参ってるだけだ。それが消えれば、解決することもある」
「そうでしょうか」
「そうだ」
「では私は、弱っているから、あなたを頼っているのでしょうか」
今日のキラは質問が多い。
「どういうことだ?」
「最初は、自分に対する自責の念や、自分が犯した過ちであなたが死ぬことが怖くて、不安だったから、誰かにそばにいてほしかった。でも今は、少し違います」
キラの口ぶりから、どこか期待する自分が顔をだし始めた。
「どう、違う」
「まだ確かに、恐怖も自責の念もあります。ですが、今の私は、あなたがいなくなってしまうのが怖い。そして神田ユウの存在を感じることであなたに、心の安らぎを求めています。心の支えを求めています。誰にも、リナリー・リーでさえも代わることはできません」
どちらともとれそうな、曖昧な言葉は、俺を期待させたし落ち込ませもした。
おそらく弱っているキラに今告げれば、俺は一時的にでもこいつと先の関係に進めるのかもしれない。しかし、弱っているところにつけこんで得た関係ほど虚しいものはない。もしそうしたなら、一生、俺にはキラの弱さにつけこんだという卑怯な事実が残り、終わることのない焦燥を与え続けられることになる。
「リナに求めるものと、俺に求めるものがちがうだけの話だろう」
だから俺はキラの曖昧さにきちんと線引きをした。キラは俺を頼っているだけで、恋をしているわけではないのだと。
「…………」
キラは俺の言葉を受けて沈黙し、よく考えているようだった。科学者らしく、自分の心さえも分析しようとしている。
「……これほど、自分が不安定なのは初めてです」
長考しても、キラは自分の気持ちを理解できなかったようだった。
今まではきっとできていたのだろう。まだキラが子供だったから。単純で、答えが出やすい世界で生きていたから、そこに生じうる感情も分かりやすかったのだろう。
成長するにつれて、視野が広がり、複雑で、答えのない世界が見えるようになってきて、感じることも多くなったはずだ。本当は答えなど出さなくてよいことにも、向き合っているのだ。
「今日はもう、寝ろ」
俺はキラを抱き直し、気づかれないよう額にキスを落とした。
「そうですね、もう、寝ます」
キラは自分の気持ちを言葉に出して、ある程度は荷が下りた面持ちで、目を閉じた。
- 20 -[*前] | [次#]
top main novel top