ぐるぐる眼鏡 | ナノ
大切にしたいこと

傷も全快して、キラと共に教団に帰ってきた。キラは俺が療養中一度も仕事の話を持ち出さず、しかも仕事の禁断症状が出ている素振りすら出さなかったが、教団へと足を踏み入れた途端仕事のスイッチが入ったのか、まっすぐ科学班フロアへ赴き、席に座り、人体が動かしうる限界まで素早い動きで仕事に取り掛かり出した。しかし没頭しているのかと思いきや周囲にまでしっかりと気が回っており、キラは様々な仕事を同時進行で済ませていた。

俺は報告を済ませ、通常どおりの生活に戻った。

「で? 何か進展はあったの?」

キラがわざわざ俺のもとにまで向かい、しばらくの間滞在し始めた時から予想できていたことだが、リナからの質問責めにはなかなか苦労した。
適当にあしらうことなど許さず、聞き出すまで一生ついてきてしまうのではないかというくらいの執着っぷりだった。
しかも、

「何もねぇよ」

と答えれば、

「嘘よ! 二週間近く一緒に過ごして、少しも、何もなかったなんて」

本当のことを答えたにもかかわらず、嘘だと決めつけ、ありもしない解答を聞き出そうとしてくる。ここで適当に答えてリナを満足させても良かったが、そうするとキラに何かしらの被害が及びそうであったので、我慢を続けた。

本当に、何もなかったのだ。

この二週間、俺たちには何もなかった。キラは俺が意識のない間ずっと起きていたというから、それを取り戻すかのようにほとんど一週間爆睡し続けていたし、俺もそれに合わせて、ベッドの上で静かに過ごしていた。もう一週間は、二人でちまちまと会話を重ねて過ごしただけだった。
本当に何もなかった。
キラが寝ている間、俺の存在が感じられないのはまだ怖いというから、近くで寝させ、しかし椅子に座ったまま寝せるのは良くないから俺のベッドを使わせてやったくらいだ。何もなかった。

「何もない」

しかし再度リナに回答すると絶対にリナは

「何かあったって顔で、何もないなんて、私が引き下がると思う?」

とかなんとかいってくる。そんな顔をしているはずがないのにだ。俺はただしかめ面をしているだけだというのに、何が、「何かあった」って顔だ。

「とにかく何もなかった」

俺はそれだけ答えて立ち去った。

「神田! ……もう!」

リナの悔しそうな声が聞こえた。まだまだ諦めてくれなさそうだ。

しばらくして少し振り返ったらリナが科学班フロアに下っていくのが見えた。キラに聞きに行くのかもしれないと思うと止めたい思いもあったが、止めにいくと「何かあった」と認めることになるので、ぐっと我慢するしかなかった。あとでそれとなくキラに聞いてみるしかない。

一度自室に帰ろうとしたとき、リナからゴーレムの通信が入った。

《あ、神田、ひま?》

「なんだ」

《キラがお風呂はいるって。食事の準備とお姫様だっこよろしくね》

「今からか?」

《そう、今から。それじゃ》

「あ、おい」

一方的にかけてきて一方的に切った。
まさかさっきの仕返しではないかと勘ぐったが、キラも絡むことなので深く勘ぐるのはやめて、俺は食堂へ向かった。

ジェリーにキラの食事と告げると、いつものことながらジェリーは片手で持ち仕事をしながら食べられる物を用意して手渡す。俺は一度科学班のキラの机にそれを持っていき、それから大浴場の女湯の入り口で待った。

数分するとリナの背に乗るキラがやってくる。俺はそれを受け取ってゆっくり階段を下っていった。
エレベーターを使うことを許されないのが少しだけ辛いところである。キラへの好意を自覚した今、こうしていられるのはいいのだが、二人きりではない。眼鏡をはずしたキラの寝顔を覗きこんでにやけるリナが隣にいるのである。気が抜けない。

「そういえばさっきね、」

リナがキラを見ながら話す。

「キラに神田と同じ質問してみたの」

やっぱりしていたかこいつ。と自分の予想が当たって舌打ちしたくなる。キラのことだから事実をありのままに話したにちがいない。

「でもキラも何もないって言ったわ。本当になにもなかったのね」

俺はそれに半分安堵して半分疑問をもった。
キラが事実のままにリナに伝えなかったことに対する安堵。そして、なぜ伝えなかったのかという疑問。キラにとっては本当に記憶に残るほどのことなどなかったからそういったのか、はたまた本当は記憶にきちんととどめていてあえて言わなかったのか。

できることなら、後者であってほしい。

あのささやかな二週間は、俺とキラの間だけの思い出にしておきたい。

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