ぐるぐる眼鏡 | ナノ
死者と生者、愛

女は、ゴシップ好きだ。

「キラ、いつもより調子よかったみたいだけど、神田のおかげかしら?」

蕎麦を食べ終わろうかしていたときに現れたリナは、何か特別なことをしてあげたのか、と詳細を要求してきた。
俺は今後のキラのためになると思い、大体話した。キラと談話室で話したこと。眼鏡を取ったら、キラの目が潤んでいて、俺に見られたとたん嗚咽したこと。誤解を招かないために部屋に同行した話はやめておいた。

「キラが泣くなんて、初めてよ」

リナはキラが泣いたと聞いて驚いていた。

「キラの悩みはだいたい私が聞いてたのと一緒なんだけど、やっぱり聞き役が違うからもっと素直になれたのかも」

俺は必死で奥歯に力を込めた。リナの表情が素直にキラについて語っている様子だったのが余計に高揚感を与えた。
自分だけが他より格別だというのは、これほど優越感を得られるものだったか。

「俺が眼鏡をとったからかもな」

心では嬉しさを感じつつも、脳は理性的な働きをしていて、俺はリナの言葉を鵜呑みにはしなかった。

「そういうものなの?」

「さあな」

眼鏡をかけたことがないからよく分からないが、眼鏡をかけているときのキラとかけていないときのキラが少し雰囲気が違う気がしてそういった。眼鏡をかけているときのキラは常に周りを意識しているような気がしている。天才だ神だといわれていることを十分に承知しているような振る舞いをしているように思える。
はずしているときは、一気にそれが崩れ去るのだろう。厚い瓶底で目が隠されて、無機質にも見えるあいつは、本当は眼鏡の奥で色々なものを抱えている。

その片鱗が光となって現れて、昨夜の俺はキラを天才というプレッシャーから開放してやったのかもしれない。
事実天才でも、天才だと称え続けられるのはプレッシャーだろう。

「神田」

ドン、と目の前に腕が現れ、俺の名前を呼ばれた。白服に包まれている腕は探索部隊のものだ。腕をすばやくたどると、コナーだった。なにかに憤慨している。

「昨夜キラちゃんに何をした」

「あ?」

「見たんだよ昨日、お前がキラちゃんと部屋に入っていくのを……!」

コナーの言い方ではあまりにも外聞が悪いからか、俺とリナにだけ聞こえるように声を押さえつけてコナーは言った。

「どういうこと?聞いてないわよ」

コナーの言い方のせいで、リナまでもが非難めいた声音で俺に聞く。
コナーを睨みつけてから俺は言った。

「別に、キラが自室につれてって欲しいつったから、送ってっただけだ」

コナーにどう思われていようがかまわないが、リナに誤解を与えると後々面倒なことになってくるのは目に見えていたので、キラが泣いたという事情を知らないコナーに向けてではなくリナに向けて説明をした。

「そう、ならいいけど」

リナはすんなり引き下がった。

「どういうことだ」

コナーは俺に向かって事情を聞き出そうとしてくるが、俺は鼻で笑って答えないことにした。

「てめぇには関係ねぇよ。つーか、ストーカかよ、四六時中あいつのこと見張ってるのか?」

「ちょっと神田、」

突っかかってきたのはコナーの方なのだからこれくらいいいだろうと思って言えばリナにたしなめられる。
コナーは怒りで震えていた。

「お前っ……!」

胸倉をつかもうとしてきたので、その手首を捉えてひねりあげる。

「いっ……」

コナーは負けまいと声をこらえて、俺の手をなんとか振り払った。

「もう二人とも!」

俺の頭だけ叩いて、リナが場をいさめた。

「コナー、とにかく神田はキラに何もしてないから気にしないで。そうだ、ご飯はもう食べたの?食べてないなら、注文してきたら?」

リナにいさめられてはコナーもなかなか口論を続けることはできず、コナーは俺の方をじっと睨みつつ去っていった。

「あんな言い方はないじゃない」

リナに注意される。俺はとりあえず無言で茶をすすった。冷め切っていた。

「……コナーは別に、神田の恋敵じゃないんだし」

俺が何も答えないのに気を悪くしてか、ぼそり、とつぶやかれる。
一瞬、茶を噴出しかけたがなんとか飲みこんだ。

「……誰も恋なんかしてねぇ」

「コナーはキラのこと、妹みたいに思ってるのよ」

俺の言葉は無視してリナが続ける。

「コナーって六歳下の妹をAKUMAに殺されたんですって」

ああ、そういえばそんな話も聞いたことがある。だが、

「俺に関係ない」

の一言に尽きる。探索部隊のことなど、なぜ俺が知っておかなければいけないのか。

「またそういうことを言う」

リナが説教を続けようとしたが、そのときありがたいことに、ゴーレムで科学班によばれた。任務らしい。

「任務なのに、どうして兄さんがいる司令室じゃないのかしら」

説明を受けるなら、コムイのいる司令室なのに、という疑問が俺たちの間に起こったが、行ってみればわかるだろう、と科学班へ行った。
リナは任務ではないようだが、そろそろコーヒーをいれに行くためにとついてきた。

科学班では、キラのところにモヤシがいて、俺の姿を見るなり嫌そうに顔をゆがめた。

「神田ユウ、こちらです」

モヤシと視線で火花を散らしながら、キラに近づく。

「現在コムイ・リー室長が逃亡中で、リーバー・ウェンハム班長が捜索中ですので、私が変わりに任務の説明をします」

ということは、モヤシと任務なわけだ。顔が自然とゆがむ。

「今回はエクソシストを配置したくないほど荒っぽい任務になることが予想されます。イノセンスの可能性は五分五分。向かった探索部隊のことごとくが重傷、または死傷しています」

俺とモヤシの顔に緊張が走る。

「AKUMAの数は確認されているだけでも80体。少なくともあと30体はいることが予想されます。レベル1、レベル2がほとんどですが、その中でもレベル3になったものもいるはずです」

心なしか、キラの表情もいつもより硬い。

「どうか気をつけて行ってきて下さい」

キラは資料を俺たちに手渡した。
出発はすぐで、俺とモヤシは科学班をすぐに出た。

資料の中には、紙が挟まっていた。小さなメモ用紙に手書きの文字が書かれていた。

『昨日は思う存分泣かせてくれて、ありがとうございました。神田ユウでなければ、泣くことはできなかったでしょう』

キラからのメッセージだった。俺はそれを読んで、帰ったら今度こそキラの背中に腕を回してきちんとなでてやりたくなった。


*


任務地は、荒れ果てていた。

「ひどい……」

AKUMAが全てを葬り去ったことがよくわかる。あちこちで死臭が漂い、足元にはかろうじて人がその原型を保って塵と化した死灰がある。

戦争とはこういうものだ、心の内で薄情な声が漏れた。

腰のベルトには何本かキラが開発した薬があるが、使う暇があるかも、怪我をしてもそれが薬の効果の範囲内で収まるかどうかも怪しい。

「……いくぞ」

死者に黙祷をささげようとしているのを中断させ、俺は歩き出した。
死臭漂い、瓦礫が散在する荒野を歩く。

「一時の方向、AKUMAが来ます!」

歩き始めて十分、モヤシがAKUMAを探知した。

「数は……」

「いい。もう見える」

目測でおよそ100体。二人で50体ずつだとして、気力と体力の勝負となるだろう。

「お前は外。俺は中」

俺はモヤシにそれだけ命令して走り出した。
固まって動いているAKUMAが身動きがとれないのを利用して、次々と切り捨てていく。AKUMAの集団の中に切り込んで行ったために、包囲されるのをモヤシが外から阻止していく。
俺は一度集団を突っ切るとすぐに反転して、両側から挟撃した。
AKUMAはあっという間に崩されていった。

「神田、どこかにまだAKUMAがいます。左目が反応してる」

「おいその左目はお飾りか。位置を言え」

「……すいませんねわからなくてっ」

残っているAKUMAはモヤシの左目が使えないので言い合いながら目視で探す。

「方角だけでもわからねぇのか」

「大体半径50メートル以内にいるのは分かりますが、方角も位置もわかりません」

「使えねぇな」

「そっちは左目すらないくせに」

「どうせお前が殺りそこねたんだろ」

「誰が最初、包囲されないよう援護したと思ってるんです」

「たいした援護でもなかったがな」

「むっかー、次からは援護しません」

「はっ、勝手に、」

そこまでいって、声が出なくなった。

「……!! 神田!!」

背後から、左腹部を光のようにものが突き通った。棒のようなものが、勢いのまま腹をつきぬけ、地面に落ちる。瓦礫の鉄筋の一部だった。それが、こぶしの半分ほどの大きさに束ねられていた。
自前の弾丸すら撃てない、AKUMAの最後のあがきであった。

膝をつき、地面に倒れこむ。

こういうとき、考えるのはいつもあの人のことだったのに、今回はキラの顔まで浮かんできた。
死ぬわけにはいかない。そう思いながらも、体は言うことをきかず、意識も薄れていくばかりであった。

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