ぐるぐる眼鏡 | ナノ
優しさで背負い込んだ

「女の事情なんか知るか。」

ゴーレムに向かって俺は吐き捨てる。少し電波が悪いのかゴーレムから砂嵐のような音が少ししてから、リナの高い声が聞こえ始めた。

《たった一日だけだから。キラは自分で対処できるし、それほど大変じゃないのよ。》

「一日中あいつのいうこと聞くのが面倒くさい。」

《キラはコナーより神田の方が安心するんだから、お願い。キラってちょっとこの期間弱っちゃうし、もしコナーにお世話を任せたら、キラ心許しちゃうかもよ?》

リナは俺を動かそうとあれこれ言う。リナのいうことを素直に聞いて俺がコナーに嫉妬していることを間接的に認めてしまうのは癪だったが、コナーにキラの世話をやらせて自分が苛々するのも目に見えているので、一日だけだからとキラの世話をすることにした。

俺は今任務帰りで列車の中にいる。リナはちょうど翌日任務から帰還ということだった。本来ならば今日帰れる予定が天候の関係で伸びたらしい。

そのため一日俺がキラの世話を頼まれたわけだ。世話といってもこれから弱るらしいキラの言うことをなんでも聞くというもの。どうやらあいつは明日から生理らしい。キラはそれほど隠したりしないだろうから、とリナがするっと俺に伝えやがった。デリカシーってもんがだな。

「今日一日だけ俺がリナの代わりにお前の言うこと聞くことになった。」

「そうですか。」

教団に帰った翌日、キラに事情を伝えると果てしなく素っ気の無い返事が返ってきた。

「理由はご存知ですか。」

「・・・まあ。」

理由というものが生理だということは口には出せないので一応濁す形でうなずいた。キラはもう一度「そうですか。」と素っ気の無い返事を返した。俺がキラの生理を知っていることに対するこいつの反応が普通すぎて、気になっているのか気になっていないのか本当のところが分からない。できれば気にしていて欲しいところだが。

「気にならねぇのか。事情を知られて。」

一応聞いてみる。

「自分から公言するようなことはしませんが、聞かれれば答えるくらいには気にはしておりません。」

「・・・あっそ。」

こいつ何歳だったっけ。十四だったか。この時期というのは思春期という奴ではなかったか。一応俺もその時期には入っているが、キラの方が真っ只中な気がしてならない。そんな思春期真っ只中の奴が自分の生理を隠したがらないことに関して、少しばかり違和感を覚えた。リナが十四だったときなど、生理であることをコムイから隠そうとして、イノセンスでコムイを蹴り飛ばしたなんてこともあったくらいだったのに。今はリナも落ち着いて、ある程度はつつましさを覚えたのか自分が生理であることをそれとなくほのめかせるようになっているが。

疑問には思うものの、俺が関わるようなことでもないのでそのまま黙っておくことにして、俺はキラの傍に椅子を用意してキラが何か言うのを待った。

「神田ユウ、生姜湯を用意して下さい。」

「は?なんだそれ。」

「ジェリーに頼めばわかるかと。急ぎません。十分後までに持ってきてくれるといいです。」

「・・・わかった。」

俺が用待ち顔でもしていたのかキラがさっそく用を言い渡した。俺はさっそく食堂へ出発した。音から生姜湯が何かはわかるが、それが何に良くてどうやって作るのかなど知らなかった。考えても仕方がないのでさっさとジェリーのところへ向かう。

「生姜湯。キラにだ。」

「あらん、リナリーちゃんじゃないのね。」

珍しがるジェリーに答えずにただ待つ。ゴシップ好きのジェリーは俺が何も言わないことで肩透かしを食らって、少し不機嫌に生姜湯を用意し始めた。

「はい、おまちどーん。」

ジェリーはすぐに生姜湯とやらを俺に差し出す。白いマグカップに茶色の透明な湯が中に入っている。
俺はカップを受け取ってすぐに歩き去った。ほとんど五分もかからずキラのところへ帰り、俺はキラのデスクの上に生姜湯を置いた。「ありがとうございます。」と無機質な声が礼を述べる。俺はまた椅子に座ってぼうっと待った。

キラは俺を気遣ってかどうかわからなかったが、生姜湯以降何かを頼むことはほとんどなかった。途中、コナーがキラに食事を運びに来て、俺を見ると少し恨めしそうな顔を見せていった以外、あまり気になることもなかった。
どうやらコナーはキラの食事以外も世話をしたいと思っているらしい。この間リナから聞いた、コナーの姫抱き失敗は、俺への嫉妬か何かを生み出したのだろう。

「では今日の仕事はここまでです。」

他の科学班員が今夜も徹夜だと嘆く中、キラは席を立ち全員に向かってお疲れ様でしたと挨拶をして科学班フロアから出た。夜9時のことである。

「神田ユウ、談話室へきてください。」

これで終わりかと思っていたら、まだ続きがあったらしい。普段は利用しない談話室へと招かれる。俺はキラが談話室を俺と使うということが意外で、驚きを隠せなかった。リナもこういうことを行なっているのだろうか。

「リナと談話室によく行くのか。」

「この期間はそうですね。」

キラは淡々と俺の疑問に答えた。談話室へ向かう途中のその足取りは気持ち早い気がした。

談話室へ到着するとキラは他の団員から聞かれづらい席を陣取った。俺は普段は来ない場所に居心地の悪さを感じつつ座る。

「では神田ユウは初めてなので説明します。」

なんのためにここにきたのか聞こうとしていた俺を先制してキラが説明した。
どうやらこれは、生理期間中の情緒不安定さを解消するための時間らしい。俺がすること、それはただただキラの愚痴を聞き、その後でコメントを入れるというもの。

「神田ユウは以前にも私の愚痴を聞いていただいたことがあると思います。内容は大体同じです。」

キラの前置きはなんの効果もなかった。その以前というのが何なのか俺には全くわからなかった。

「なんの話だ。」

「覚えていないのならば構いません。勝手に愚痴を始めます。」

「わかった。」

キラは本当に情緒不安定なのか疑わせるほどの淡々とした口調のまま、話し始めた。

入団当初から背負ってきた期待が科学班を超えて探索部隊(ファインダー)からも負うようになり、どんどん膨らんでいるのが負担であるということ。
期待を背負っている分間違うとその期待が崩れてしまうような気がして、間違うことが恐ろしいということ。
女神だなんだといわれているけれど、そんな風にほめてもらうより、一人の人間としての仕事の成果を正当に評価してもらいたいということ。
そして最後に、死んでしまう人間や怪我をする人間を支えたくてもできず、無力感を感じ続けていること。

以前俺がキラに対して少なからず気づいていたことをキラは吐露した。最後の部分は初耳だった。愚痴をこぼしている間、ずっと彼女は淡々としていたが、俺はキラの繊細さを垣間見た気がした。その淡々さで隠した繊細さが、逆に情緒不安定さを加速させているのでは、と俺は疑わずにはいられない。

「神田ユウやリナリー・リーのような存在は、結構大きいものなんですよ。」

ありがとうございますと深く低頭して、キラは締めくくる。
ここから俺のコメントの出番だった。コメント、といっても慰めの言葉など思いつくはずもなく俺はしばらく黙り込む。
キラは無表情に俺の事を見つめてまっていた。

かけている瓶底のせいでキラの瞳は隠れたも同然で、俺はキラの感情がそこから読み取れない。しかしその眼鏡の奥が一瞬光ったような気がして、俺は思わずキラに眼鏡を外すよういっていた。

「眼鏡をですか。」

キラは眉間に皺を寄せそれを渋った。仕事をしていた時でさえ邪魔しなければ外してもよいと言われたことがあるのに、今回は渋った。俺はますますキラに眼鏡をはずさせようと決意を固める。きっと眼鏡を外してしまえば本当の意味で感じている不安定さを吐き出せるはずだと考えた。

「外すぞ。」

「あっ。」

瞳を隠すものがなくなり、キラは慌てていた。初めてみるキラの慌てたようすは、眼鏡の下に隠す感情があったことを証明していた。

キラの瞳はうるんでいた。もともと瞼は赤く染まっていたのだが、俺に瞳の潤みを見られて、キラは雪のような肌をすぐに真っ赤にさせた。眼鏡が最後の砦だったかのように、一気にキラから涙やら嗚咽があふれ出した。

「ふ、う・・・うぅ・・・・」

泣き出すキラへの対応に戸惑い、俺はとりあえず周囲の人間を確認した。この時間帯、人は少なかった。あとから来たのだろうか、遠くのほうに探索部隊が二、三人いた。さきほどキラは彼らからも期待を受けるようになったといっていたし、あまりみられるのもよくないと思って、俺は慌てて自分が持っていた上着をキラの頭からかぶせた。

「すいません・・・自室に、私の自室に・・・」

キラは嗚咽が止まらず、嗚咽の隙間にそういった。
俺はすぐにキラを立たせ、顔がだれからも見えぬようにキラの視界すらも覆って談話室からでた。一体全体、キラはどうしてしまったのかと思わずにはいられない。眼鏡を取っただけでこの反応、よほど感情を抑え込んでいたのだろうか。

キラの指示に従って部屋まで彼女を連れていく。まだ泣いているキラをどうしたものかと思いつつとりあえず、キラを隠していた自分の上着を取ろうとしたがキラはそれを許さず、さらには俺の胸に額をこすりつけるかのようにすがった。

「うっ・・・うっ・・・」

嗚咽はひき始めていたが、キラはしばらくは落ち着くことがなかった。背を撫でた方がいいのか、きちんと抱きしめてやったほうがいいのか、などなど考えたものの一つとして俺は実行に移さなかった。キラの震える背中を見下ろし、嗚咽とともに感じる振動を感じ取っていただけだった。

しばらくたってキラも落ち着いてきたころ、俺はキラに顔を洗いに行くよう言って、キラが顔を洗ってから眼鏡を返した。キラは完全にすっきりとしたようで、眼鏡をかけるとさらにほっとした様子になっていた。

「突然すいませんでした。」

キラは最初に謝った。

「・・・別に。」

キラは表情をすっかり変えた。調子がいい時のキラの時のような顔だ。俺は何かかける言葉を持つ訳でもないので、短く返答した。

「情緒不安定は解消できたのか。」

「はい。おかげさまで。」

「ならいい。これで今日はお前のいうことを聞くのは終わりだな。」

「はい。私はそろそろ寝ます。」

「わかった。」

「ありがとうございました。それではおやすみなさい。」

俺は役目が終わったからという理由で、すぐに部屋をでた。そしてすぐに着替えをもって大浴場で風呂に入って、髪を乾かして寝た。
ベッドに寝転がっていると、静かな空間だったせいか、やけに頭の中でキラの嗚咽がリピートされることになった。キラの嗚咽はやけに俺の胸を苦しくし、罪悪感にも似た感情を芽生えさせるのであった。

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